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一番の悪夢


ふ、と目を覚ますとそこには忘れたことなんて一度もない、夢の中ですら見慣れてしまった顔のあいつがいた。反射的に身体が震え出すのを腕を思いきり握ることでなんとか止める。荒い呼吸を整えることはできないまま、あいつを睨んだ。
そうするといつものように外面の張り付けた笑みを一変させて、舌打ちをして汚い物でも見るかのように冷えた目で睨み返してくる。
そして次にくるのは蹴りだ。避けようと身体を動かそうとするも動けない。夢ではいつもこうだ。結局避けることは叶わず、勢いよく振られた足が腹に入った。しかも爪先から。
蹴られた箇所は痛いというより鈍く熱い。逆流してきた胃液を咳き込んで吐き出す。それでも心配なんてするはずなけ、「お前のせいであの人は」という理不尽な言葉に続いて暴言を吐きながら延々と蹴ったり殴ったりの暴行を繰り返してくる。その度に吐きそうなくらい痛くて、殺してやりたいと思うのに体は動かない。
いくつになっても何年経っても、この悪夢に慣れることがなくて、せめて早く覚めろと目を瞑る。けど、すぐに今までで一番重い蹴りが入って、反射的に開いてしまう。
何度も咳をしながら涙目でもう一度睨むと、あいつの後ろに蒼天の姿が見えた。

「そーてんっ……!?」

思わず名前を呼んで手を伸ばす。が、その手はあいつに踏まれる事で阻まれた。それを見ると、蒼天はくるりと背を向ける。今まで感じた事がないくらいの寒気がした。そしてそれと同じぐらい動揺もした。

「や、やだ、そーてん!なぁっ!まって!おいてかないで!おねがいだから!」

必死に引き留めようと叫んでも蒼天は振りかえることなく歩き始める。その間も必死にもがいて蒼天を呼ぶけど、立ち止まりも見向きもしない。とうとう見ることなく、蒼天は扉を開いた。
一層強く喚くけど、やっぱり振りかえることなく蒼天は外に出て、後ろ手に扉を閉めた。

そこでベンチから落ちそうになりながら、目を覚ました。辺りを見回すと、すぐ横に寝ている蒼天がいる。さっきの出来事は夢だと分かってる。きっと蒼天は見捨てないだろうということも分かってる。だけど冷や汗も悪寒も動揺も全部全部夢のままで、さっきの蒼天の背中が印象的で。たまらず寝ている蒼天に押し倒すように勢いよく抱きついた。ベンチで寝ていたから当然蒼天は頭を打って起きることになる。いきなり乱暴に起こされて、状況が掴めてない蒼天に構わず、泣きそうになるのを堪えながらすがり付く。

「おねがいだから、きらいにならないで、こんなにひとをすきになったことなんかなくって、はじめてで、だから、だから、おれのこと、みすてないで」

喋ってる間に堪えていた涙がボロボロと溢れている事に気付く。同時に、ようやく自分がどれだけ情けない姿を晒したか、ということにも気付いた。
途端に恥ずかしくなって、まだキョトンとしている蒼天から飛び退いて

「いっ、今のはなんでもないから!!絶対忘れろ!!」

と捨て台詞を残して公園から全力で逃げた。恥ずかしさのあまりに途中で帽子を落とした事に気付けなくて、結局その夜に公園に戻るはめになったのだが。

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