計算高い金色



 ――待ちに待った魔法薬学の授業だ。もちろんミケも一緒にいる。

 ちなみに、寮監殿に相談した結果、二日後に一人部屋に行けることになった。「同室の子に迷惑をかけたくない」、「居場所がなくなると勉学に励めない」という建前が通ったのだろう。
 ……否、通用してはいないか。スネイプの本音としては、「なにか問題を起こされては評判が落ちる」、「自寮だからと言って特別扱いはできないが、妖精王に反旗を翻されたらたまったものではない」だろう。
 ダンブルドア様様である。スネイプはダンブルドアに報告するだろうし、私とてそれが狙いだった。彼なら色々考えた末に許可を出すだろうと踏んだのだ。前の私のことはさすがに知らないだろうけれど――

 ――ヴォルデモートとサラザール・スリザリンの象徴といえば、蛇なのだから。

 スネイプの前口上が始まった。
 長いので割愛するが、概ね同意する。彼が言いたいことはつまり、「魔法薬学という学問は、美しく危険だ。失敗して何かあってからでは遅い。しっかり予習復習しておくように」ということだろう。
 優しい人だ。意訳がすぎるかもしれないが。

「ポッター! アスフォデルの球根の粉末にニガヨモギを加えると何になるか?」
「……わかりませ――」

 そこまで聞いてから、庇うかのように声をあげる。

「――生ける屍の水薬です、スネイプ教授。水のように澄んでいて、量を間違えれば生涯眠り続けることもある、危険な眠り薬です。作り方は、大鍋に煎じたニガヨモギを加え、アスフォデルの球根の粉末を加え、二度時計回りにかき回した後、ナマケモノの脳味噌を加え、催眠豆の汁を加え、反時計回りに水が澄んでくるまでかき回します。それと、これは教科書の作り方とは違いますが、催眠豆は切らずに、小刀の平たい面で潰すと汁がもっと出ます。催眠豆は十二粒ではなく十三粒使用して、七回反時計回りにかき回した後、一回時計回りにかき回すとより純度の高いものが出来上がります。……出過ぎた真似をいたしました」

 “半純血のプリンス”の教科書を見たわけではないが、おそらく同じようなことを書いているのだと思う。今の私は幼少期から魔法薬を作っていたのだ。その経験からくるこの答えに、間違いなどあり得ない。
 わずかに目を見張ったスネイプは、それを私以外の生徒に気づかせることなく言葉を紡いだ。

「我輩はポッターに聞いていたのだがね。しかし素晴らしい説明だ、ホーデンワイス。スリザリンに五点」
「感謝します、教授。ポッター、君の言葉を遮ったことを謝罪させてほしい。補足はあるかな?」
「い、いや、僕も同じことを言おうとしてたからいいよ」
「嘘はよくないな、我らがスター殿? 君は確かに「わかりません」と言おうとしていた。グリフィンドール一点減点」

 こっそりほくそ笑む。彼ら子供は時に鋭いから、油断は禁物だ。

 ――傍目にみれば庇おうとしているように見えただろう。スリザリンの生徒は驚愕していたし、グリフィンドールの生徒はそれを見て「これは意図的ではない」と認識しただろう。念のため開心術で確認すると、ポッターは「せっかくあの子が庇ってくれたのに減点されてしまった」と思考しているようだった。

 愚かしい。誰が君ごときを庇うというのか。
 心の中で嘲っていると、ドラコが小声で話しかけてきた。

「カルラ、何をしているんだ! ポッターを庇うなんて!」
「こちらは加点、あちらは減点。知識も申し分なく披露した。問題ないだろう、ドラコ」

 小声で言い返すと、「まさか、すべて計算のうちか?」と驚かれた。恐怖の対象にならなかったのは嬉しい。彼を教育し直す必要があるのだから、避けられてはたまらない。

 私の家族を守るための教育である。ドラコの家の事情なんてどうでもいいけれど、権力者が困窮しているときに尻拭いするのは、大抵の場合、他の権力者なのだ。つまり我が親愛なる両親、そして偉大な妖精王がマルフォイ家の尻拭いをさせられるかもしれないということ。

 耐えがたい屈辱である。
 人間ごときの失敗を、我ら妖精、それも妖精王が拭ってやるのは、お門違いの筋違いだ。

「……ポッター、もう一つ聞こう。ベゾアール石を見つけてこいと言われたら、どこを探すかね?」

 視た通りの質問攻めだ。ここも代わりに答えてやろう。伊達に文献を読み漁っていないので、死角はない。

「わかりま――」
「――ベゾアール石は動物の胃の中にできる胃石であり結石で、牛や鹿など反芻動物の胃袋の中で形成されるものです。教科書では山羊の胃の中とされていますが。毒殺が日常茶飯事だった中世ヨーロッパではベゾアール石の価値は高騰し、エメラルドの五十倍で取引されたこともあったといいます。そのため偽物も数多く出回ったそうです。ベゾアール石の起源について、中世ヨーロッパでは「牡鹿は歳を取ると、若返りのため蛇を食べて暮らすようになる。ただし体内に入った蛇の毒を出すため、牡鹿は冷たい川に入って鼻先だけを水の上に出す。すると蛇の毒が涙のように牡鹿の目から流れ出て、川の水の中で凝固してベゾアール石になる」、または「蛇に噛まれた牡鹿が流した涙が固まってベゾアール石になる」と言われていました。ベゾアール石は粉末にして飲んでもいいし、傷の上に置くだけでも効果があるとされています。また、身につけていればお守りにもなるといわれています。……出過ぎた真似をお許しください、教授」

 スネイプも含め、皆唖然としていた。気分がいい。
 グレンジャーは悔しそうにしている。知識で負けたらしい。当然だ。我が家の書物に勝てるものはない。

「……それは、どの文献で知ったのかね?」
「ホーデンワイス家にある書物です。詳しくは話せませんが、父に許可を得て貸し出すことは可能だと思います。他にも、クチキトサカタケを利用した魔法薬や、コウホネから作るヒール・エキスの作り方なども載っています」
「……ふむ。ぜひ読ませて欲しいと伝えておいてくれたまえ。それで二度も質問を遮ったことは見逃すとしよう」
「感謝します、教授」

 にこりと微笑んで一礼する。礼儀はわきまえているのだ。

「ポッター、また遮ってしまったね。なにか捕捉はあるかな?」
「えっと、ないと思うよ……?」
「……ホーデンワイスの目を見張る知識と遮った無礼を加味して、スリザリンに三点与えよう。ポッターの“知ったかぶり”という知識への最大の侮辱を加味して、グリフィンドール五点減点」

 ドラコに「また計算の内か?」と尋ねられたので、もちろんだと応じる。
 ポッターは「減点されたけどまた庇ってくれた。スリザリンにもいい人はいるんだな」と考えている。予定通りで何より。

「ポッター、モンクスフードとウルフスベーンとの違いはなんだね?」
「わかりませ――」
「――どちらも同じです。アコナイトとも言いますが、マグル育ちの人にわかりやすく言うならトリカブトでしょう。ホーデンワイス家の書物の中で狼人間との関連性が認められています。また、これを使った魔法薬に「脱狼薬」というものがあります。知人の狼人間に許可を取って被験体になってもらったところ、狼人間への変身は止められませんでしたが、理性を保ったままでした。作り方は、そうですね、ホーデンワイスの名を出して論文として提出してくださるのでしたら提供します。ちなみにモンクスフードとは僧侶の被り物という意味で、これは花の形が由来です。ウルフスベーンはフランス語で「狼をも殺す」という意味です。アコナイトは、投げ矢を意味するラテン語の「acon」が名前の由来になっています。……出過ぎた真似を」

 にっこり微笑んで専門知識を並べ立て、「出過ぎた真似を」と言い切る十一歳女児。側から見ると結構な異端児である。
 ゆっくり瞬きをしたスネイプは、その異端児の知識に驚いているようだった。気を抜いていたのか、閉心術の名士といわれる彼の想いを少しだけ覗くことができた。

 ――「知識と情熱が、リリーに似ている」。

 ……一人のひとに焦がれる彼は、やはり、とても美しいひとだった。
 叶わぬ恋慕に胸が締め付けられたが、瞬きで蓋をする。

 ある人が、死ぬ未来を変えようとして失敗するのを見た。
 けれど私は、数百年前にはいなかった悪人の被害者を、救いたいと思った。
 それはつまり、私という異分子が唯一できることであり、してはいけないことだけれど。
 だから私は、彼らに情を抱いてはいけないのだけれど。

(だからこそ、やってみたい)

 人を助けることを一切しなかった私は。
 人を見捨てても一切の罪悪感を持たなかった私は。
 二度目の生を受けてしまった私は。
 今度は、人を助ける側になろうと思った。

 誰かの言葉を借りるなら――その方が、幾分か素敵だから。



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