得点女王



 ――迷った。
 もはや自然の摂理なのではなかろうか。

「ドラコ、迷った」
「なんとなく気付いてたよ。……ここからどうするんだ?」
「男爵、いらっしゃいますか?」
「……またかね」

 ドラコは若干引きつった顔をしていたが、お構い無しに道案内を頼む。
 ついてこいと背中が語っていたので、ドラコを引っぱってついて行った。

 ものの2分で到着した。さすが男爵。大広間にはまだ空席があった。食事も消えておらず、諸々セーフだ。男爵に淑女の礼と感謝の言葉を示すと、満足げな顔をして帰って行った。
 クラッブとゴイルが私の教科書まで持って帰っておいてくれたらしい(部屋に居場所がないので、談話室に署名済みの籠を置いているのだ。寮監はまだだが、ひとまず監督生の許可はとった)。感謝してもしきれない。
 そんな優秀な小間使いのような彼らのことも名前で呼ばせてもらって、長いからと愛称をつけた。

「ビンセントはビンス、グレゴリーはグレッグだ。嫌だったら名前で呼ぶが?」
「いや、それでいい。むしろ愛称で呼んでくれてありがとう」
「俺も。愛称で呼ばれることなんて初めてだからな、文句なんてないさ」
「そうか? ならよかった。あと教科書、本当にありがとう」

 その会話を黙って聞いていた、少し拗ねた様子のドラコは、私のローブの裾をつまんで「僕にはないのか」と言ってきた。

「親しみを込めた呼び名が愛称なんだろう? 本名ではない名前でないとそうとは認められないみたいだが、私は親しみを込めてドラコと呼んでいるつもりだ」
「……。ならいい」

 言葉はそっけないが、耳が赤くなっている。ビンスとグレッグと顔を見合わせて微笑んだ。
 そして、なるべく庶民的、しかし優雅に食事をとった。母の料理が恋しい。ハウスエルフが料理下手というわけではないが、私の舌が慣れているのは母の味付けなのだ。
 それと、数百年前の旅行で堪能したジャパンの食事も懐かしい。あれを思い出すとここの食事が食べられなくなるので記憶を封印しているが、ふとした瞬間に食べたくなる。今の食事はさらに進化しているのだろうから、機会があれば行きたいところだ。もちろん両親と妖精王とともに。

 食後は四人でスリザリン寮へ向かった。変身術の教科書をもって、正反対に向かう私を引きずる形で教室に向かう。
 しばらく談笑した後、マクゴナガルが教壇で手を打ち鳴らしたのを合図に、授業が始まった。

 マクゴナガルは変身術について説教を始めている。言われずともわかっているが、真剣な眼差しで聞いておいた。ビンスやグレッグ、ドラコはちゃんと聞いていた。彼らは案外真面目なのだ。

 マクゴナガルが机を豚に変えると、わっと歓声が上がった。私は感動しなかった。妖精王の方がよほど魅力的な魔法を披露してくれる。
 そして「まずはマッチ棒を裁縫針に変えることから始める」という旨を無駄に小難しい言葉で説明されたので、欠伸を噛み殺しながらノートに書き込んだ。こんな初歩中の初歩、杖を買う前に練習済みだ。

「ではやってみなさい」

 そう言われたので、さっさと変えることにした。前の私も今の私も、伊達に練習していない。
 努力をひけらかさずにひた隠しにして、ふとした瞬間に努力を見せ、尊敬される――そういうシナリオを描いているのだ。今のところその通りに事が進んでいる。
 軽く杖を振ってマッチを蛇の細工が施された金色の針に変えてみせた。

「これはすごい……。ホーデンワイス、一体どれだけ努力したのですか?」
「授業に備えて練習しただけです、マクゴナガル教授」
「その努力は実を結んだようですね。このすばらしい変身に、十五点与えます」
「ありがとうございます」

 私は基本的に、こういう風に物事が進むことを好む。
 わがままで結構。せっかくの二度目の人生なのだから、私は我が道を進むまで。

「すごいな、カルラ。何かコツはあるか?」
「ふむ……変身する過程を具体的に想像することかな? マッチ棒の色、質、形が変わっていくところを想像するんだ。それが本当の過程じゃなくとも、イメージすることが大事なんだろう」
「なるほど」

 それが聞こえた生徒たちは、一斉に目を閉じて想像し始めた。
 そして杖を振って、ぽつぽつと、少しだけだが変化が現れたと喜んでくれた。ドラコは、三分の一は針で残りがマッチ棒という結果に終わった。悔しがっていたが、それでも十分にすごいことだとマクゴナガルが褒めていた。グリフィンドールはグレンジャー以外惨敗だったと記憶している。
 そして、グレンジャーも完璧な変身ではなかったと。

 加点は、ほんのわずかでも変身に成功した者に各一点ずつ。減点は、なし。
 私が十五点(アドバイスを含めるなら計二十一点)稼いだことで、またスリザリンに貢献した。さすがだ、とミケが褒めてくれた。

 その後の授業はなかった。たしかポッターはこのタイミングでハグリッドの小屋へ行ったはず。まあ、私には関係ないのだが。
 三人とのんびり夕食をとっていると、ノットとザビニに話しかけられた。

「よお、マルフォイ。元気してるか?」
「あ、君はザビニであってるか?」
「あってるが、どうした?」
「いやなに、君のファーストネームを忘れたんだ。よければ教えてもらえるかな?」
「本人に聞くってお前な……。ブレーズ・ザビニ。覚えたか?」
「ああ、ありがとう、ザビニ」
「聞いた意味も教えた意味もねえじゃねえか」

 キレのいいツッコミが入った。しかし私たちはファーストネームで呼び合うほど親しくない。
 それを伝えると「それもそうか」と納得してくれたが、「……いや、やっぱりおかしくねえか?」と、流されてはくれなかった。

「まあまあ。で、話しかけたということは用があるということだろう?」
「……マルフォイのフォローに感謝するんだな。ああ、魔法薬学でいかにグリフィンドールをコケにするかの相談だ」
「ああ、なら一つ提案が」
「なんだ、言ってみろよ」
「実力と才能を見せつけて、相手のプライドをボロボロにしてやるのがいいと思うのだが。細工するというのは言い訳に使われて腹立たしいことこの上ないから、完全な実力で。それと、代々飛行訓練はグリフィンドールとスリザリンの合同らしい。その際も私が引き受けよう」

 全員に目を見開かれた。なんだその反応は。遺憾である。
 ドラコが口を開く。

「カルラって意外と言うんだな……。飛ぶのは上手いのか?」
「父がうちに生えてるナナカマドで箒を作ってくれて、それで練習した。おそらくだが、ニンバスよりも速いと思うぞ。我が偉大なる父は素材の力を最大以上に引き出すことを得意としているからな」

 五人の瞳が輝いた。飛んでみたいということか。
 しかし私は箒を持ってきていない。一年生の箒の持ち込みは禁止されている。それに――

「父に頼んで箒を作ってもらうということを期待しているなら、答えはノーだ。彼は同族にしか愛を注がない。……ああ、魔法使いとかマグルとかいう話ではなく」

 全員頭にクエスチョンマークを浮かべているが、ドラコはなんとなく察しているらしい。前に話した時に「魔法族でもマグルでもないものを探せ」と言っているからだろう。
 残念そうな顔をした彼らは、それでも我慢してくれた。

 おやすみと言って、さっさと自室へ戻った。
 帰り際、ノットに「うまく飛ぶコツはあるか?」と尋ねられたが、飛び方のコツなど知ったことではない。そんなものは「感覚だ」の一言で斬り捨てる。やっているうちに自分でコツをつかむのが一番の近道だということを痛感している身としては、いくら書籍で説かれても無意味に感じられるのだ。

 まあ、魔法薬学に関しては、手順がきちんと載っている分、失敗などあり得ないのだが。
 内容を理解したうえで暗記を完了している私は、余裕を持って眠りについた。


【 8/13 】

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