剣と花 / 3.最幸の日、剣と花【前編】

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3.最幸の日、剣と花【前編】

近頃、夫が何日も帰らぬ日々が度々続くようになった。伝達手段の飼い鳥が可愛らしく鳴いて文を届けに来る。足に結われた文を解き広げ、そこにはまた「不帰」の文字。僅かに期待していた胸からため息を漏らして肩を落とす。これが明日も続くのだろうかと、おときは気に靄をかけたまま床に就いた。

その朝、おときの眠りを覚ましたのは、鳥の声でも、朝日の顔出でもなかった。人が立てる大人しい物音。おときは不思議に思いながら身をよじり、眠気残る瞼を開けた。

「・・おはよう。」

起してしまったか。そんな申し訳なさそうなお顔を目にする。帰ってくる予定ではなかった夫の鸞が、緩い浴衣を羽織り、腰を下ろしていた。ご自分の刀の入れをしていた様子。おときは驚いてすぐさま身を起こす。

「鸞さま、いつお戻りに。」
「夜が明けてすぐな。」
「お帰りに気づきもせず、申し訳ございません・・」
「いや、いい。湯を捨てていなかったろう。おかげで身体を流せた。」

湯で身体を流せたからか、どこかすっきりさせて垢ぬけた様子の鸞。おときはほっと安心すると、「振り向かずお願いします」と一言告げて衣を着替える。するりと腰紐を落として白の寝着を脱ぎ、鴇があしらわれた衣に腕を通した。夫が出かけになる前にと、直ぐに朝餉の準備にかかる。水を汲んでおいた桶の中から、昨晩から冷やしておいた野菜を取り出し包丁を持った。いつもの事なら、夫も忙しくするのだが、鸞は身も動かさずにじっとおときを眺めている。視線が気になり振り向くと。手入れを終えた刀を立てて寄りかかり、表情乏しく見つめてくる視線と目が合う。

「鸞さま・・?」

今日は出かけないのかと問いたかったが、それでは気分を害するやもしれないとすぐに口を閉じた。鸞は何も返さず視線を落とすが、すぐに何かを思案し、思い切るように顔を上げた。

「朝餉が済んだら共に出かけよう、昼用の握りでも作っておいてくれ。」

鸞の思いがけない提案にしばし戸惑うおとき。帰らないと知らせて来たのに日が昇る前に帰ってこられた。いつもなら直ぐに戦支度をして出て行かれると言うのに、本当に今日はどうなされたと言うのだろう。おときは、不思議に思いながらも、朝餉と共に、おにぎりを二人分握り用意をした。少しずつ高鳴る胸を抑えながら。

朝餉を済ませて片づけると、すぐに出かけると鸞が言うのでおときは返事をして身支度をした。折角の機会だと、馴染む草鞋ではなく特別な他所行きの真新しいものを用意した。鸞はと言うと、全く飾るでもなく、質素な衣に袖を通して腰に刀を差して終りである。支度に時間を使うおときに機嫌を悪くするでもなく、既に戸口で妻を待つ。

「お待たせいたしました。」
「ん、行こうか。」

行先も聞いていないが、二人連れ添って歩くなど、初めてのように感じた。実際はそうではないであろうが、このように出かけの用で添い歩くのは初めてだった。鸞がおときの手を取って先導する。それだけでおときはずっと緊張し、握り返せない。顔もきっと染まっているのだろう。羞恥か焦りか、どちらともとれなかった。そのおかげでか、身体が弱い故の歩く苦痛はあまり感じなかった。

「鸞さま、どちらに向かわれるのですか?」

鸞が手を引く二人の歩は、人里に向かう道とは逆の方向へと向かっていく。真下に岩だらけの河川が目に入ったところで、返事をしない鸞が突然おときを抱き上げ、荒い岩場へ足を下ろした。腕の中に掬い上げられたおときは、驚いて声を上げた。

「ら、鸞さまっ」
「足が悪いお前には、この岩場は酷だろう。」

大丈夫だとおときは何度も降ろすように催促した。殿方、夫にこのようなことをされるとは心にも思っていなかったおときは、心底慌てて訴えた。しかし、鸞に危ないからじっとしていろと言われ、大人しく抱えられたまま河川側へ降りていった。



みこし(cyounodance)
投稿 2014/08/29



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