笑顔と、




軽くガーゼを巻き、擦れた部分が当たって痛まないように固定する。歩きづらさにも配慮しつつ、細かな調整をしてから顔を上げた。申し訳なさそうな表情の彼女を見るのは今日、何回目だろうか。




「……終わった。どうだ、痛くないか?」
「うん、大丈夫……いつもと変わらないくらいで……ローくん、本当にその……」
「謝罪は無しだ」
「……ありがとう」




眉を下げて苦く笑ったサナに息を吐き出す。先程、履きなれない靴に足を痛めた彼女を負ぶって小屋へと帰った俺はすぐに改めて怪我の具合を確認してから処置を行った。幸いまだあまり酷くなっているわけでは無かったので1日、2日程度で治るだろう。……ただ、それ以上に彼女は俺に迷惑をかけたと落ち込んでいるようで、どうにも調子が狂う。団子を食べた時くらいの顔で笑っている時の方が、随分彼女らしいと思った。視診の関係で少し開かせた着物を白い脚からなんとなく目を逸らしつつ整え、改めて彼女と向き合った。あまりに頼りなさそうに縮こまるその姿は怯えたウサギか何かのように見える。


俺だって別に取って食いたい訳じゃない、むしろ伝えたいことがあるだけなのだが、それをどう表現するべきなのかと正直、迷っている。言いたいことがまとまっているわけでもない、漠然とした彼女への感情に俺自身もよく分かってはいない。頭で考えているうちにも俺に見下ろされるサナは数秒前よりもっと小さくなった気がした。……これじゃあ変に誤解をされそうだ。




「サナ」
「な、なんでしょうか……」
「……お前は、勘違いしてるみたいだが……別に怒るわけじゃねぇ」
「なら、その……」




どういう?とこっそり、とした様子で俺に尋ねた彼女をもう一度じっと見つめた。もし怒るのだとしたら今日よりも前に怒ってやることは沢山あっただろ、と告げるとたしかに……と彼女は神妙そうに眉を顰めた。実際、本当にその言葉に嘘偽りは無く、彼女が相当なドジだったり警戒心の薄い女であることもいつのまにか受け入れてしまっている自分がいる。不思議で仕方がないが、これは紛れもなく事実なのだ。そこに何か理由が存在するのかは分からない。だからこそ俺は今、迷っている。沈黙にそわそわと足を動かす彼女を見ながら、ゆっくりと言葉を選ぶように口を開いた。






「……俺は、別に怒ってるわけじゃなくて……ただ、」
「ただ……?」
「お前に、……笑っていて、欲しい」






一度瞬きをした彼女が呆気にとられたように俺を見つめる。それから、え!?と大げさなほどに驚き飛び上がった。……俺だって、同じ気持ちだ。こんなもの意味が分からない。ただ、彼女が責任を感じたように落ち込むのも、苦しそうに目を細めるのも、勿論、泣いているのも、見たくなかった。いつも朗らかに笑っているコイツのことだ、滅多にその機会はないがそういった顔を見るたびに、無性に苛立って、拭いとれないような塊が俺の中を支配する。それが俺以外の誰かの影響であれば刀を抜けばいいのかもしれないが、俺のせいであった時は更に複雑に俺の考えは枝分かれする。自分自身にどうしようもなく感じる気もあれば、何故か、ほんの少し、満たされるような気もするのだ。歪んでいるのかもしれない。だがそれでも、俺が見たいと思うのは屈託無く笑う、あの笑顔だ。美味いものを食べた時、マッサージを褒めた時、俺が店に訪れた時……嬉しそうに緩んだあの顔を見るのが、おれは嫌いじゃない。





「……だから、お前は変に考える前に笑っとけ」
「笑ってほしい、って……わたし、どうすれば、」
「別に何もしなくても構わない……今日お前を助けたのはお前がいつも転びそうになってるのを助けたのとなんら変わりないし、無駄に気にする必要も、ねェ」





俺の言葉に面食らった彼女は数秒置いてから「そんなのずるいよ、ローくん」と口元だけを緩ませて薄く笑う。俺のよく見覚えのある笑顔では無かったが、これもこれで悪くはない、と思いつつ、言葉の内容には、知るか、テメェの存在がズルみたいなもんだろ、とつい、心中で悪態をついた。狡いのはどっちなんだ。

俺の考えも知らず、そっか、と何処か納得した様子の彼女に気が済んだか、と問いかければ一度コクリと縦に頷いた。その表情は少し落ち着いて見えて、まあ多少は俺の言いたいことは伝わったようだった。やっぱりローくんは優しいね、と頬をあげたのにうるせぇ、と言いながらサナの頭に手を伸ばした……が、それが届く前にガラリと勢いよく扉が開いた。すぐに俺から視線を逸らして、あ、と立ち上がった彼女につい、舌打ちをする。……間の悪い客だ。





「……お前、ここにサナと住んでるんじゃねぇだろうな」
「……ロロノア屋!?なんでお前が、」
「ゾロ!また来たの?今はご飯もお酒も……」
「あァ、飯はいい。ま、酒がないのは勿体ねぇが……取り敢えず揉んでくれ」
「はいはい……ごめんね、ローくん」
「…………いや、」





俺の返事を確認しつつせっせと施術の用意を始める彼女と対照的に図ったように現れた男は堂々と俺の隣に腰掛け、訝しそうな顔で覗き込んでくる。なんだ、と眉間の皺を濃くしながら一応聞くと、一度サナに目を向けてからロロノア屋はぐっ、と声を顰め、尋ねた。






「……お前、やってんのか」
「……はぁ?」
「だから、お前……ここに住んで、好き勝手し放題ってか?」
「ッお前、俺をなんだと……!ヤるわけねぇだろ!」
「テメェがいつ来てもサナのとこに居るからだろうが!甲斐甲斐しく通いやがって……」
「俺はアイツにいつ何があるか分からねぇから……」
「そういうのは素直に"心配してる"って言えばいいだろうが!」





とんでもないことを聞いてくるコイツは理解に苦しむ。なんで俺がサナとそうなっていると思うんだ!あまりに馬鹿馬鹿しい。大体自分のクルーのそういった事情を聞いてくるのもどうなんだ、とロロノア屋の倫理観を疑う。例えそうであったとしても聞き方ってものがあるだろう。もはや頭さえ痛くなりそうな状況で何も知らない彼女はロロノア屋を施術用のシーツへと呼ぶ。おう、と一つ返事をしながらその上に座り込んだロロノア屋の着物を慣れた手つきで外す彼女に複雑な心境が芽生える。当たり前ではあるのだろうが、なんにせよ、気に食わない。俺の視線に気付いたのは脱がされている本人で、俺を見てニヤリと口元を歪めるのを盛大に睨み返してやった。



その後も順調にマッサージは進んでいくが、やはりどうにも腹立たしい。勝手にされていればいいものを一々俺を見るロロノア屋はいけ好かない。彼女が彼の腹に跨るようにし、指圧している最中に不意に両手で彼女の腰を掴んだのを見た時には危うく鬼哭を抜きかけた。どう考えてもアイツは俺で楽しんでいる。増していく苛立ちを抱えつつも俺がこの場を離れないのが皮肉にもまた、男の言う通りでもある、のがまた納得がいかなかった。そんな俺の反応を見ては笑うロロノア屋だったが、ふ、とサナを見つめる瞬間があった。それにどうにも心当たりがあった俺は無意識に唇を噛み締める。おれには、アイツがそうしたくなる理由が分かるのだ。いつも笑っている彼女がいい、それに間違いはないのだが、彼女が真剣な眼差しを何かに向けている姿には妙な魅力があった。それが見られるのは大抵施術中で、彼女のセラピストとしての矜持を感じる。ただ見ていたくなるような無言の美しい圧力と、相反するような柔らかな手付きには引力がある。分かってはいたが、それが他の奴にも平等に見られているのをこうして客観的に確認すると、言いようもない感情が押し寄せた。




「ん、終わったよ。どう?」
「いつも通り、軽い」
「はい、ありがとう……もう帰るの?」
「あァ……残って斬られでもしたら困る」




ちらりと俺に目を向けたロロノア屋を最早何かを意識することもなく見返せば少し驚いたような顔をしてからタカは外すなよ、とだけ残してから小屋を出て行く。それに自由だなぁと呑気に呟いた彼女の肩を引いて自身へと寄せた。きょとん、と丸い目が俺を見つめて、俺にも頼む、と一言で要件を伝えれば少しだけ戸惑ったようにサナは頷いた。また改めて準備をし始める彼女の背にあまり、冷静でない自分がいた。









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