乗せる




急に呼び出された彼女の店。妙に改まった様子で俺の目の前に座ったサナは深々と両手をついて頭を下げ、こう告げた。






「お願いします、今晩一緒に寝てください」
「……ちょっと待て、話が見えねぇ」






物凄い言葉を神妙に口にした彼女を思わず途中で制し、何があったかをとりあえず尋ねると彼女は弱々しい声で話し始める。なんでも、ここ最近ワノ国には幽霊が出る、らしい。真偽は分からないが、これは街で今多く囁かれている噂のようでそれを客から何度も聞き、端的に言えば怖くなったようだ。……俺にしてみればコイツの仲間のガイコツとその幽霊とやらは何が違うのかすらも分からない。そんなに怖がる必要があるのか、どうなのか、それすらも分からない。


……ひとまず、理由は良しとしよう。俺がそれに納得したかどうかも置いておいて、何故、彼女はそんな願いを俺に頼んだのか、それを聞く必要があった。俺の問いかけにサナはまた少し苦い顔をしてから皆に断られちゃって、と寂しげに呟く。




「最初ロビンに言ったんだけど……そもそもロビンは夜も働く仕事だし……フランキーも大工で疲れてるって、ウソップはそもそもおばけが得意じゃない……ゾロは普通にめんどくさそうだったし……」
「つまり俺が残り物だってか?」
「残り物、っていうか皆がローくんに聞いてみろって言うから……」
「……アイツら……」




その姿がなんとなく想像できて息を吐き出す。 再三勘違いを続けているアイツらに呆れて物も言えない。俺のことをなんだと思っているんだ。第一、いっしょに寝てほしいなんて馬鹿げた頼みを男の俺が聞ける筈がないのだ。





「やっぱり、だめかな……?」




しょんぼり、といった様子で俺に問いかけてくるサナには俺は悪くはねぇが少し申し訳なさを感じる。だが、彼女にとっては恐らく何の他意もないそのお願いを聞き入れてやるほど俺は大人でもなければ、酷い男でもなかった。今回ばかりは彼女の頼みでも聞けそうにない、ともう一度断ろうとした時に耳に飛び込んできた声に思わず目を開いた。




「"自信がねぇのか、耐える気力がねぇのかしらねぇが、その程度なんだな"……?」
「…………なんだ、それは」
「え、あぁ……ゾロがローくんが断った時は読めって渡してくれたんだけど……どういう意味なのかな……」






難しい顔で一枚の紙切れを見る彼女は透かせてみたり、裏返してみたりと様々な方法を試しているが、恐らくこれは彼女に宛てられたものではない、並べられた言葉にそれを瞬時に理解する。理解、できてしまう。何もかもアイツに悟られたかのような文字列に舌打ちをする。別に、その通りだと言うつもりはないが、それは明らかに俺を煽るために書かれていることは確かだ。……巧妙な手口だった、俺がたとえ、一般的な常識から彼女の頼みを断ったとしても、この言葉がある以上自信が無かったと捉えられることになる。それはもう、あの男の問いかけに肯定をしているのと同義であることを意味しているのだ。妙に薄っぺらいこの紙が実に腹立たしい。





「……気が変わった、お前が寝て起きるまでここにいればいいんだな?」
「え?でも、ローくん……」
「一人で寝たいなら止めないが」
「そ、それは!……だめ、かな……」
「なら……従え」





俺の言葉に彼女は戸惑いつつも頷く。その顔は俺の機嫌を伺うようだったが、気が変わったと言っただろ、と再度促してやれば安心したように顔を綻ばせる。その後興味本位で、もし、俺がダメだったらどうしていたのかと問いかければ一番可能性がありそうなゾロに探しに飲み屋街まで歩いていた、と答えた彼女に今度こそ本当に頭が痛んだ。もう既に外は暗く、そんな状態で飲み屋街を歩くなんて、それこそさせる訳にはいかなかった。彼女の警戒心のなさは変わらず折り紙付きで、やはり俺が渋々でも了承したのは間違いでは無かったようだ。












……だからと言って、これは可笑しいとは思う。そうやって先ほどのことを思い出している俺の腕には穏やかな寝息を立てて彼女が眠っている。まさか、こうなるとは思いもしなかった。これこそ頭痛ものだ、と深々と息を吐き出した俺はぼんやりと天井の木目を見つめて気を紛らわせる。本当に、何故こんな目に……






きっかけはこの部屋にあるのが1組の布団だけだった所にあった。勿論ここでは普段寝泊まりするのは彼女だけだったので理屈は分かる。俺は適当に壁にでも凭れながら眠ればいいか、とそのくらいに考えていたがセラピストという職業の彼女がそれを許さなかった。「私が頼んだんだから、ローくんがここで寝て」と言い張る彼女に俺も引くわけにはいかず、慣れているから気にしないお前が寝ろ、と返すも中々サナも引かない。何度かそうして問答をしたが俺も彼女も譲らず、つい、





「じゃあこの布団に一緒に寝ろって言いてェのか!?」




……そう口走った言葉が最大の墓穴だと気づいたのは声にしたその直後の事だ。ハッとした様子の彼女がそれだ!とキラキラと目を輝かせたのを見た瞬間、俺の負けが確定した。






そこからの展開は早く、せっせと敷かれていく布団に半ば諦めの境地に達しつつ眺めていると彼女がどうぞ、と俺に布団に入るように示した。本当にそのつもりなのか、と息を吐きつつ潜り込むと彼女の元で眠る時と同じような柔らかな匂いがした。それにどうしてか落ち着く自分がいる事実にむず痒さを感じる。彼女という存在と自身がいつのまにか近づきすぎていたのをまじまじと感じたようだった。サナは俺が布団に入ったのを確認すると失礼します、とそっと隣へと並ぶように彼女も布団へと体を収めた。その時に見えた首筋から少しだけ目を逸らし、もぞもぞと暫く落ち着ける場所を探した彼女が満足そうにしたのを確認してから改めて顔を付き合わせた。



じ、と俺を見つめる瞳が何処と無く楽しそうに見える。少し火照った頬と穏やかな表情を向けた彼女は機嫌良さそうに口元が緩んでいる。人の気も知らない、とはこの事を言うのか、と思わざるを得ない。何を思ってこんな顔をしているのだろうか。ローくん、と俺を呼ぶその声が弾んでいる。なんだ、と声をかけるとなんでもない、と笑った。




「……そんな事ないだろ」
「なんていうか……新鮮だったから、つい」




「こんな風にローくんを見たの、初めて」と言うサナに勿論俺もそうだ、と言ってやりたい衝動に駆られたがそれをぐっと飲み込む。表面的ではないが、明らかに今俺は彼女にペースを乱されている。だからどうしたという訳ではないが、やられっぱなしは性に合わない。





「……お前の言っていた幽霊とやらは、そろそろ現れるんじゃないか?」
「え、た、たしかに……」
「確か、死んだはずの人間が自分の家を求めて徘徊しているって話だったな……そういえばここは元々空き家だったな」
「……!」





は、と息を呑む彼女は目を開いて俺を見る。先ほどまでの血色の良さとは打って変わってどんどんと青くなる様子が中々面白い。俺は幽霊だとかそんなものは信じていない、生きるか死ぬか、その二つに一つだろう。だがその存在でこんなにも一喜一憂する姿を見るのは中々面白くて、そういう意味ではこういった話をするのも悪くないと思えた。不安そうに辺りを見渡したり、そわそわと布団へと潜り込む姿はからかい甲斐がある。ローくん……と弱々しく俺を呼び、眉を下げてこちらを見つめる彼女に少々意地悪く、なんだ、と聞けば「もうちょっと……そっち、いい?」と尋ねられる。思わず口元が緩みそうになるのを堪えつつ、好きにしろ、と言えばそろそろと体を寄せたサナに悪い気はしない。




不意に、布団の中で俺の手に彼女の指先が触れた。伺うように俺を見るサナを見つめ返し、それに応えるように握り込んでやれば少し安心したように息を吐き出したのが分かった。俺とは違う小さな手、折れそうなほど細い指が普段俺を指圧しているのが不思議で仕方なかった。


俺の行動に落ち着いた様子を見せる彼女は昔、怖い夢を見たと泣いていたラミを思い出す。あの時は隣に座っていたが、アイツの手を握ってあやしたんだったな、と酷く古い記憶に耽った。当時子供だった俺の手も小さくて、でもそれ以上に小さい掌に護りたいと感じたんだったか。




「ローくん、」
「……ん?」
「…………あ、っ……ええと、ありがとう……」
「別に、気にしてない」




一瞬面食らったような顔をする彼女だったが、すぐに俺に礼を述べた。それに対して本心で返せば、うん、と小さく頷かれる。数秒間が開いて、布団の中でサナの手はゆっくりと俺の指の間に入り込むとそのまま握り直される。絡められるそれがすごく新鮮に感じられた。……そう、彼女は俺の妹ではない。余計な感情を乗せるのはやめるべきだ。ただでさえ、俺は彼女のことで頭を悩ませているのだから。


漂った空気を払拭するように明日も早いから、とさっさと寝てしまうように提案すれば彼女はそれを素直に受け入れる。それからポツリ、と俺の名前を呼び、それに応えるように彼女に静かに目を向ける。






「私、ローくんとこうやって一緒に居られて……すごく、うれしいよ」
「……サナ、」
「それをなんて言ったらいいか、分からなくて……でも、ほんとに、この時間が大好きでッ……!?」
「もう、寝ろ」






それ以上の彼女の言葉を阻止するように、俺は彼女を腕の中に閉じ込める。繋がれた手を自分の方へ引くだけで容易に捕まったサナ の背に軽く腕を回して寝かしつけるようにそっと叩いた。どうにか彼女を眠らせたかった。俺に妙な気が起きるより先に。溢れ出す前に。注ぎ込む器自体を閉じてしまいたかった。次第に力が抜けていく彼女は消え入りそうな意識の中俺を呼ぶ。応えてしまえば、積み上げたものが崩れる気がした。
元々、眠気に揺れていたらしい彼女の声は遂には聞こえなくなる。腕の力を緩めて胸元にある彼女の顔を確認し、しっかりと閉じられた瞼に穏やかな寝息にため息をつく…………俺は何をしているんだか。




彼女の語る声は優しく、慈しみが籠っていた。それを最後まで聞かない俺はずるい奴なんだと思う。彼女は、あのままでは自分の気持ちを言語化してしまいそうだった。俺はまだ、それができそうにない。だから蓋をしてしまった。彼女の方がよっぽど誠実だと思った。どこまでも穏やかで柔らかなその寝顔が憎らしく、そして、とても、あいらしかった。




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