酔いどれ


「ろーくん……ろーくん……」
「トラ男、相当懐かれてんな」
「……〜っ!!!」





どうしてこうなったんだ、思わず頭を抱える。胡座をかいた俺の上には頬を赤くしてぼんやりと俺の名前を呼ぶサナが座っており、正面には瓢箪に入った酒を物凄いペースで喉に流すロロノア屋がどっかりと腰を据えている。……本当に、何故こうなったんだ。






数時間前、サナの耳掻きから目覚めた俺は彼女にロロノア屋が一緒に飲みたいと言っていたことを伝えられた。どういう風の吹きまわしなのか、と疑わしくはあったが彼女もそこに参加すると聞けば不安が膨らむ。……別にコイツらは仲間同士、下手なことは起きないと思ってはいる。が、ゾウでのアイツの言葉を思い出すと自然と舌打ちが出た。きっとロロノア屋は俺が断らないと分かっていて誘っている。最早、それは誘いではなくて強制にも近い力を持っていて、気に食わない。そう思いながらも彼女の顔を見ると行かないという選択肢は俺の中から消えていき、それを感じる自分自身にもどうしようもなく苛立った。




夜の帳が下りた頃、ロロノア屋はどこから調達したのか酒を持ってサナの居る小屋へと訪れた。堂々とした様子で畳に座った彼と俺、そして自分の前にジョッキを置いた彼女はそれぞれに酒を注いだ。おう、と持ち手を掴んだロロノア屋はそのまま楽しそうな様子で乾杯、とジョッキを傾け、続くように乾杯!とそれにぶつけて笑う彼女の後に一応自分も呟いておく。ぐい、と勢い良く飲み込んだ彼はケタケタと喉を鳴らして、やっぱ美味ぇなと口にし、サナもごくごく、と気持ちよさそうに飲み込んでいた。俺は大してそういった気分でもない為、取り敢えず一口含んだだけだが。




「でも、どうしてゾロは私のところに?」
「来ちゃ悪いか?」
「ううん、嬉しいけど……私もあんまり飲む訳じゃないし」
「まぁ……気分だな」




サナとそんな会話をしながらも一瞬こちらへと目を向けたロロノア屋はやはり何かを企んでいるように見える。何が目的だ、と探るように睨みつければ見透かすような嫌な笑みを返されて気分が悪い。本当に、何の用だコイツ、と俺が分かりやすく不快に顔を歪めたのを見るとまた楽しそうに笑う男は俺の隣に目をやり、ゆっくりと口を開いた。





「トラ男……お前は知らないだろうが」
「あァ?」
「うちじゃサナに飲ませる時にはルールがある……一つは隣に置く奴を考えろ、もう一つは"構う気が無いならさっさと潰せ"」
「……お前、何の話を、」





俺がその言葉に不審に思った直後、左肩に確かな重みを感じ顔を向けるとそこには彼女の頭が載せられていた。数秒静止し、……何だ、と絞り出すように声を出すとくたりとしていたそれが起き上がり、俺を見つめた。




「ろー、くん、」




酒の匂いまで伝わりそうな溶けた声にぞく、と背中が震える。ぼんやり、と潤んだ瞳に蒸気した頬、水分を得て艶めいた唇が俺の名前を呼んだ。言葉を失う俺に対して乗りかかるように体を寄せる彼女にハッと意識が戻り、反射的に押し返そうとするが「危ねぇぞ」と外野から掛けられた声につい抵抗をやめた。思わずロロノア屋を見ると彼は「ただでさえ危なっかしいんだ、下手に引き剥がすと怪我するぜ」と顎に手を置いてニヤニヤと顔を緩ませている。歯を噛み締め、図ったテメェが何を言ってやがると睨みつけている間にも彼女は器用に俺の足の上へと収まってしまった。もう全てに訳がわからない俺を置いて二人は悠々と話し始める。



「おいサナ、こっち来いよ」
「やぁ……ろーくんがいい……」
「んだよ、懐いてんなお前」
「なついてる……」
「だってよ」
「何がだってよ、だ!ふざけんな!コイツをどうにかしろロロノア屋!!!」
「本人が嫌がってるだろ、諦めろ、隣に座ったお前が悪い」
「……コイツ……!」



いい根性だ、と怒りが頭に登るのを感じる。コイツはどう考えても最初からこうするのが目的だった。後で絶対にバラしてやる、そうやって恨みを込める間にも彼女は犬か何かのように俺の胸元に顔をすり寄せてくるのに、離れろ!と声を上げる俺に対し、顔だけを持ち上げて……いや?と尋ねる彼女はひどく純粋そうに首を傾げた。それに言葉を詰まらせるのは俺で、誤魔化すという選択が打ち砕かれてしまった分「……嫌とか、そういうことじゃない」と苦々しく応えれば機嫌良さそうに目元を緩めてまた顔をペト、と付けた。





「ろーくん……ろーくん……」
「トラ男、相当懐かれてんな」
「……〜っ!!!元はと言えばテメェが……!」
「俺がなんだよ、別に俺は何も言ってねぇぞ」
「それが問題なんだ……!」





どうすんだ、コイツ!と声を上げた俺にロロノア屋は寝かせるしかねぇな、と今度は自分で酒を注ぎ始める。「終わりの方だとサナも眠さでどうにでもなるが……はじめと中盤はどうしようもねぇ酔い方だから気をつけろよ」とまさに他人事のように言う目の前の男にそろそろ殺意が湧きそうだ。どちらにせよ俺を助ける気などほとほと無さそうなコイツを頼っても仕方がないと早々に切り捨て、もう一度俺に寄る彼女を見やった。ふにゃふにゃと俺の名前を呼ぶサナの顔は赤い。彼女は少し体をもぞもぞと動かして体勢を変えると、そのまま目の前にあった俺の首筋に唇だけで、噛み付いた。流石に驚いた俺は思い切り肩を掴んで彼女を引き剥がし、……なにをやってるんだ、と尋ねた。その声が動揺で少し震えた自覚がある。ぽやぽやと何かが舞っているように見える彼女はよくわかっていないらしく、俺の腕を肩から離させるとまた、ぽす、ともたれ掛かった。そしてじわじわと肩口に顔を寄せると懲りずにまた噛みつこうとするので今度は襟口を掴めば、む、と少し不満そうに口を尖らせた。




「ろーくん、いじわる……」
「なにが意地悪だ……!お前が馬鹿なことしようとするから止めたんだろ!」
「ろーくん、」
「あァ!?」




ぎゅう、そう呟かれた言葉と共にサナは両腕を広げる。それが何を意味するのか分からないほど鈍い訳じゃ無い。……するか、馬鹿、と額を小突いてやれば、う、と分かりやすく目が潤んだのが分かり、ぐ、と息を詰まらせる。かといってこんなことで折れるわけにもいかない、俺だってコイツに好き勝手されてばかりじゃ示しが付かない。




「……おら、サナ、こっち来るか?」
「は!?」
「うー……ぞろ……」
「ッおい、待て!お前どういう……!お前も!腕を向こうに伸ばすな!節操がねぇのか!?」




ほら、と腕を広げたロロノア屋へと自身の手を伸ばそうとする彼女が無性に腹立たしい。散々俺に甘えておいて誰でもいいなんて都合が良い話があるか、と彼女の顔を掴み、ぐい、と此方に向けさせて、そのままの勢いで背中に腕を回して引き寄せる。あぅ、と小さく呻いた事なんてしらねぇ、そこまで気にしてやるか。しかし、すぐにふふ、と柔らかい笑い声が聞こえて、見下げれば、幸せそうに破顔するサナがいる。ろーくん、と頬を寄せる仕草といい、先程ロロノア屋に鞍替えしようとしていたなんて微塵も思わせないそれに頭が痛くなる。結局、俺が振り回されているだけだ。目の前でくつくつと涙が出そうなほどに笑う男が憎くて仕方ない。





「だいぶ落ち着いてきたか」
「これのどこが……!」
「ろぉ、くん、すき……ろーくん……」
「ほら」
「何がほらだ!酔ってるじゃねぇか!」





すき、すき、と今度は甘ったるい声で唱え続ける彼女に息を吐く。こんなもん、どうすりゃあいいんだ……とそろそろ疲れ始める俺にロロノア屋は目を細めた。




「楽しんでるか?」
「…………何処をどう見たらそう見えるんだ……」
「なんだよ、折角だから楽しんどけ」
「何が折角、だ……こうなる事ぐらい分かってたんだろ、なんで俺に」
「それこそ分かれよ……お前、どうなんだよ」
「……なんだ」
「惚れてんのか?」
「…………そんなわけ、ねぇだろ」
「……そうかよ」




俺の返答につまらなさそうに酒を煽るロロノア屋を見てからもう一度俺の腕の中の彼女を見た。変わらず頬を寄せながら何度か欠伸を繰り返す姿からもう眠いんだろうなと感じさせる。柔らかな髪が俺の肌に触れる感覚に、そっとサナの頭に手を置いた。俺の手に収まりのいい大きさのそれをゆっくりと撫でると、また欠伸を零したのが分かった。……眠いのなら寝てしまえばいいのに、と思いながらもその動作を続けた。ろーくん、と小さく呼ばれた名前に一度だけ、なんだ、と聞き返してやれば、すき、と一言そう呟かれる。俺に向けて、というよりは誰に対してでもなく、虚空に消えたその言葉につい、口を緩めた。俺がか?違うだろ、俺の声にもう、反応はなかった。





「…………おいロロノア屋、寝たぞ」
「……なんつーか、お前」
「あ?」
「馬鹿だろ」
「……聞き捨てならねぇな、お前よりは悪くねぇと思うが」
「あー、いい、いい。興が冷めた、飲み直してくる」
「は?……お前もう相当飲んだだろ」
「美味いアテが無いんじゃ終わりだ。そいつは当分起きねぇよ、見といてやれ」
「おい……!クソ、アイツ……」





好き放題言ってからロロノア屋はサッサとその場を後にする。本当に何しにきたんだ、と仕方なくそれを見送るも別に事態は好転していない。俺に引っ付いたまま眠る彼女を引き剥がすことも出来ず、その日俺はそれを乗せたまま眠る羽目になる。正直寝づらい事この上ないが、彼女の体温と寝息には俺も眠気が誘われる。最後に一口だけ酒を飲み、半ば無理やり目を閉じた。翌朝、目覚めた彼女の大声で俺も目を覚まし、何度も何度も謝られることになるとはこの時は思いもしなかったが。













腕に抱いたサナを静かに見つめる顔は酷く穏やかそうに見えた。意識してか否か、片手でゆっくりとリズムを取るように背中に触れ、もう片方で頭を撫でるトラ男の仕草は繊細だ。見たことがないほどに柔らかな視線を向け、口角を上げるそれに自覚がないのだから驚いたものだ。




「……すき、すきぃ……」
「……俺がか?違うだろ、」




彼女の声に応えるように呟いたその声は小さく、そして極めて優しく、温かな調子が込められている。自嘲するような問いかけのくせに、何処までも彼女への気遣いが込められている。誰がどう見ても、この男が自身の腕に抱く女を大切にしているのは明確だった。それに本人だけが気づいていないのが何処までも馬鹿らしい。見ているこっちも引っかかった小骨が取れないみたいで苛々してくる。……あァ、酒が不味くなりそうだ。








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