面倒は





生暖かい目を向けてくる仲間達に心底居心地の悪さを感じる。たとえアイツらの思い違いだとしても、その原因が目の前にいる彼女だということは分かっていた。






元々麦わら屋の船に乗っていた時から好奇の目は受けていたが、それが増えるのもたまったものではないな、と定期的に周りに睨みを利かす。ポーラータングはもう既に海の中へと潜水しており外から入ってくる明かりはほぼ存在しない。そして、潜り始めたということはワノ国が近い証拠でもあった。鎖国されたワノ国の内情がどうなっているのか、向こうに着いたら調べる必要がある。刻一刻と作戦開始は迫っているのだが……妙に彼女を見ると脱力してしまうのは何故なのだろうか。正確には彼女だけではない、他の麦わら屋の仲間達も大概自由だし、それに引きずられるように俺のクルー達も緊張感はあまりないらしい。その要因の一端として今のサナの格好は大きな影響を及ぼしている。





風呂上がりの彼女の髪はしっとりと濡れて艶めいている。首回りにはタオルを掛けており、さら上に纏う服はよく言えばゆとりがある、言い換えれば他者の船で着るには無防備すぎるとも表現できるものである。鎖骨のあたりまで大胆に開いた首元が危なっかしい。その大きめのシャツの際か、お陰と言うべきか、ショートパンツがすっぽりと隠れてしまい、馬鹿らしいが何も履いていないように見える、らしい。俺も先程クルーが話していたのを聞いただけでは何を想像しているのかと呆れていたが対面してみると成る程、確かにそう見えなくもない。本当に馬鹿らしいが。





「……サナ、その服装……」
「あ、さっきロビンが貸してくれたの」





正直詮索はしたくないが、一応、と尋ねるとニコ屋の仕業だと発覚する。アイツもアイツで何がしたいんだ……と読めない女に頭が痛くなりそうだ。そう考えつつも彼女に向いている視線を見聞色で見極め睨めばそそくさとクルーはその場を後にする。彼女を邪な思いを持ちつつ視線を向けたのは実にこれで3人目だ。海賊がそんなことに気を取られるんじゃねぇ、と内心悪態をついた。風紀だなんだと言うつもりはないが、そういった視線がサナに向くのは妙に腹立たしかった。



俺の貸した医学書をじっと真剣な顔で読んでいる彼女は気づいていないのだろうか、男から向けられる厭らしいソレには。俺ですら気付いているのに本当に彼女の危機管理はどうなっているんだ、と理解がし難い。今度一度解剖でもして脳の機能を見てやりたい気分だ。……まぁ、そんな事はしねぇが。




「おい、ニコ屋……」
「何かしら?」
「アレ、どういうつもりだ」




たまたまコーヒーを取りに来ていたニコ屋が隣を通ったのを捕まえ顎だけでサナを示すとニコ屋はあぁ、と平然と頷いてから「動きやすい服は無いかと聞かれたから貸しただけよ」と嫌にキレイに笑うのでそれにまた少し苛立った。俺が何を言いたいのか彼女は分かっている筈だ、鈍い女じゃ無い。現に俺の顔に何が言いたいのかを悟ると柔らかい声を漏らしてからお嫌いかしら、と意味深そうに笑みを携えている。自分の顔に皺が寄るのを感じる、本当にどういうつもりだ。




「……何がしたい」
「さっきも言ったけれど……私はただ服を貸しただけよ、何か問題が?」
「…………ここで着るのに適切じゃねぇ、分かるだろ」
「ナミがここにいたら見せつけてふんだくりなさい、とでも言うんじゃないかしら」




引く気が無さそうなニコ屋に思わず息を吐き出した。やはり分かっていてやっているのだと悟る。そして何も分かっていない彼女にもう一度目を向けたが、サナは熱心に医学書に目を向けている。勤勉なのは結構だがもう少し自分への頓着をして欲しい。「男の人はこういうのが好きなのかと思ったけれど、トラ男くんは違うのね」と隣から聞こえた声に舌打ちをする。俺だってこんな意味の分からない憤りに悩みたい訳ではない。



かといって何かを言うのもシャクな気がして、静かに視線を送っているとサナの後ろから着流しを適当に羽織ったロロノア屋が歩いてくるのが見えた。アイツも風呂上がりらしく、少し体や髪が濡れているのが分かった。ロロノア屋は不意にサナを目に向けると、軽い息を漏らしてから彼女の肩に掛けられていたタオルを奪うように剥がし、そのまま彼女の頭をすっぽりと覆うように被せる。びく、と肩が揺れたサナが、え!?と驚きの声を上げるのを気にも留めず、髪をぐしゃぐしゃに掻き回した。






「ちょ、っん……!」
「風邪引くぞ」
「ぞ、ゾロ!もう……!ゾロだって濡れてるのに!」
「あぁ?俺はいいんだよ、俺は」
「なんでー!!!」





わいわい、と目の前で見せられた光景にかすかな苛立ちに似た思いが腹の底で渦巻いていく気がした。指先に棘があるような小さな、でも確かな不快感に足が揺れる。何が楽しくてこんなやり取りを見なくてはならないんだ。隣に立つニコ屋からの視線を感じたがそれを確認しようとも思えない。暫くしてロロノア屋はサナに絡むのも飽きたのか手をヒラヒラさせてその場を立ち去る。振り返って彼が出ていくのを見届けてから、もう、と乱れた髪に指を通すサナはうんざり、といった顔をしつつも口元は緩んでいて、本気で嫌がってはいないことなど明白だった。


さらにロロノア屋の行為により、首元のタオルが外れたことで彼女の白いうなじや華奢な肩が露わにされていた。俯きがちに本に目を落とすから胸元まで見えてしまうのでないかと思うと気が気では無い。俺自身それを見たからといって何かするようなガキではないが彼女の自然体をそういう風に見られるのはやはり、納得がいかない。




「……サナ、今この船は潜水している」
「……?うん、そうだね」
「海底に近いほど水温が下がり、その影響でこの中も温度も下がりやすい」
「あ、そっか。だからちょっと肌寒く感じるの?」
「あァ、だから……着てろ」




俺が差し出したものを見るとサナは一瞬きょとん、とした顔をしてからいいの?と聞き返す。いい、と一言返事をして半ば押し付けるように部屋がシャンブルズで取り寄せた俺の上着を渡した。ほんの少し色々なものに"負けた"気がしてならないが、コイツが軽率に肌を見せるよりはマシだと思えた。ゆっくりと受け取った彼女はおずおず、といった様子で上着を着始める。当たり前だが彼女の腕は袖へと簡単に吸い込まれ、遂には指先だけが袖口に現れたのを見ると俺との体格差を感じる。反対の腕も同じように通してから前を着合わせたサナの表情は何故かキラキラと輝いて見えた。





「大きくてあったかい……!」
「暫く貸しといてやる、女が体を冷やすな」
「うん、……ありがとうローくん」




溶けるように笑った彼女はやけに嬉しそうだった。何がそんなに楽しいんだ、と呆れながら尋ねると自分の体を抱くようにしてから着心地が良くて、とニコニコと機嫌良さそうにしていた。そうか、とそれは良かった、と若干投げやりに返す俺にもうん、と律儀に首を振りそれに、ともう一度口を開く。






「ローくんの匂い、やっぱり落ち着く」
「…………」





いつか寝ぼけていたときと似たような言葉を呟き、袖口を見つめて愛おしい、そんな感情が溢れ出たような優しい表情を浮かべた彼女に思わず息を呑む。ぎゅ、と無意識に自分の手を握りこんで湧き上がるような何かを押さえ込み、椅子から立ち上がる。これ以上ここにいたら可笑しくなりそうだった。あっ、と小さく声を上げた彼女がもう一度感謝を述べるのを背後に聞きつつ、廊下に出るや否や掌を天井に向けて自分の部屋へと飛んだ。





そして、深い、深い息を出しながらベッドへと腰掛ける。傍には上着と交換で部屋に来たフォークが転がっている。いっそこれで自分でも刺せば冷静になれるだろうか、なんて、そうであれば苦労はない。面倒ごとはごめんだ、呟いたその言葉はあまりに弱々しく、説得力が無かった。









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