書きたかったことが行方不明

1902年の今日は、星のよく見える快晴だったらしい。正直なところ、アーサーはそんなことに興味はなく、快晴だったということをすっかり忘れていた。なら、なぜ快晴だったかわかるかと言うと。

「あの日は星がとても綺麗で…」

アーサーの恋人であり、あの日の出来事の当事者でもある菊がそう言ったからだ。その菊は今、1902年の今日にタイムトリップしている真っ最中である。当事者の片割れが目の前にいるのに、だ。いったいどういうことだ。

「ふふ、広い丘の上で広大な星空を背景に佇むアーサーさん、素敵でした…」

うっとりと呟く菊に、アーサーは視線をそそぐだけで聞き役に徹する。どうせアーサーの返答なんか聞いちゃいない。なぜなら百数年前のアーサーに夢中だからだ。半纏を着てこたつに入り、みかんをもそもそと口にいれているアーサーは眼中にないらしい。なぜだ。

「あのとき私の手をとってくれた貴方はとても紳士的で…」

あの頃よりもっと落ち着いて紳士的なはずなんだがと思いながらも、アーサーは沈黙を貫いた。この処遇を哀れに思ったか、ぽちとたまが寄ってきたので遠慮なくもふる。手入れが行き届いた菊の愛犬と愛猫は、とてもなで心地がよろしい。性格も穏やかで健気で優しく、毛艶も逸品。さすがだな、とアーサーは思った。

「まるで、私たちを祝福してくれてでもいるかのような美しい景色で…」

再度言うが、アーサーはあのときの天気やら何やらを、さっぱり覚えていない。星に八つ当たりをしたような…してないような?といったくらいだ。そんなことより、自分のもとへ菊が駆けてきた、という事実のほうが重要だったのだ。正直、あの一瞬で考えていたことや周囲の情景なんかがすべて飛んだ。だから、アーサーがしっかり覚えているのは菊が駆けてきたワンシーンのみである。



2015/04/12 21:44(0)

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