06


職員室で教員の皆様方と所謂"感動の再会"を果たして抱き締められたり握手を求められたり文字通り揉みくちゃにされている私をスネイプ教授が連れ出したのは、私が職員室を訪れてから小一時間経ったあとだった。
前回の私はスネイプ教授とは違ってある程度人当たりの良い人物だったようだ。彼らのことは微塵も憶えちゃいないものの、手厚い歓迎を受けるのは嬉しいことである。

「前回の私は随分と好かれていたようですね……なんて」
「……」


今朝のスネイプ教授は頗る機嫌が悪い、ように見える。
と言っても、四六時中眉間に皺を寄せている彼の機嫌を判断するのは非常に難しいのだけれど、結局もと居た地下へと連れ戻されたのちに彼の自室へと押し込められるまで、スネイプ教授は口を開かなかったものだから。



「怒ってます?残念ながら原因が見当たらないのですけれど」
「きみが果たして本当に記憶を失っているのか疑わしく思えてきたところだ……既に生徒としての手続きが完了している故、真実薬を飲ませることができないのが悔やまれますな」
「真実薬?なんですか、それ」
「……自白薬だ。三滴あればそれが例え闇の帝王であっても洗いざらい……」
「なにそれ凄いじゃないですか、飲みたいです」

私が彼の言葉を遮りつつ畳み掛けると、スネイプ教授は一瞬度肝を抜かれたように口を止めた。は?とでも言いたげに唇が薄く開いている。眉間の皺は相変わらず深い。

「いえ、なんていうか……これは今朝分かったことなんですけど、自覚していないうちに憶えていることも在るみたいなので。
真実薬とやらを飲めばそれを引き出せるんじゃないかな、と」

そう、そうだ。
鏡を覗き込んだ私が妙に納得した今朝の出来事のように、こう言うと妙な言葉だが、"憶えていることを忘れている"ことは確かに在る筈なのだ。だから。
そういうことなら、とでも言って直ぐに飲ませてくれると思ったけれど、腕組みをして私を見下ろす彼は何処か腑に落ちない様子で小首を傾げる。

「きみはこうは考えないのかね?
……言いたくないことまで言わされることになる、と」
「え?
あの、昨日も申し上げたように私あなたに好意を持っているようなので聞かれて困ることは無い……と思います」
「…………」
「あ、それに今朝教員の皆様方とお会いしたでしょう?
私と懇意にしていたと思われる方も数人いらっしゃったんですけど……懐かしいと思ったのはスネイプ教授だけでした。つまり、それだけあなたには思い入れがあったのだと思います」
「……誠に残念だが真実薬に因って本人が忘れている記憶まで引き出すことは不可能だ。その上生徒に飲ませることは禁止されている……我輩を停職に追い込む気かね?」

なんだ、忘れてることには効かないのか。がっかり。
最初から返事を期待していなかったらしい彼は部屋の奥へ前のめりに歩いたかと思うと一人掛けの安楽椅子に腰を下ろす。
一人だけ狡いと私が抗議をしようと思ったとき、見計らったように彼の向かいのソファーを勧められた。


「……で、何を憶えているのかね」

いやいやいやいや。何回目だろうこの質問?
何も憶えていないことは申し上げた筈なのだけど。
眉根を下げた私に彼は気が付いたに違いないが、それでも質問を変える気は無いらしい。腕を組み直して、何歳だ、と彼。体は15歳の筈ですが、と私が返す。

「名前は」
「憶えてます」
「出身地は」
「……さぁ」
「生年月日」
「…………あの、お腹が空いたんですが」

酔っ払いに尋問してるとでも思ってるんですかあなたは。
朝食も食べていない私の主張は聞こえないフリをするスネイプ教授に溜息が出る、勿論、意図しないうちに。

「何回も死んだのは憶えてますけど……もしかしたら教授より歳上かも知れませんね」
「……気が滅入りますな」
「まあ、憶えていないんですから同じことですよ……
そういえば私、何年生に編入されるんですか?というか、この学校何学年制なんです?入学は何歳?」
「10歳前後で入学する7学年制だ」
「へぇ……じゃあ私は4年生くらいですね」

ついていけるでしょうか、と私が漏らすと、スネイプ教授が明から様に馬鹿にしたように鼻を鳴らした。
え、違うんですか。

「いきなり高学年に編入してついて行けると思っているのかね?きみは1年生だ」
「ええ!?何言ってるんですか、10歳前後の子達に私が混ざったら浮きますよ!」
「これもお忘れのようだから申し上げておくと、きみは実年齢より遥かに幼いからして、その御心配は杞憂だと思いますな」
「そ、そんな馬鹿な。いつ入学式なんですか?心の準備が……」
「今夜だ」
「は?」


どうしてそれを先に言ってくれないのか!