02


突き刺さる視線が痛くて堪らない。
森を抜けて城を目の当たりにした時は余りの立派さに息を飲んだものの、いざその中へ入って_というより、連行されて_みると、すれ違う人々の困惑の目に晒された。城の大きさを考えればすれ違う人間なんて少なすぎるくらいだったが、その全員が大男の肩に荷物の如く抱えられたなまえを見上げながら何か言いた気に口をパクパクさせるという始末だ。無理もない、背中が泥だらけの小汚い子供が連行されているときたら、誰だって驚くだろう。
それにしてもここは一体何の施設なのだろうか?王族でも、住んでいるのだろうか。
大男の背中に腕をフラフラさせながら来たる目的地を待っていると、彼が何かを呟いて、ゴゴゴと石が引き摺られるような音がした。地面を見るに、彼と私は今階段を上がっているらしい。そろそろ頭に血が上ってきついのだけれど、と思う。
階段を上り切って、扉が開かれた。


「御苦労じゃったのう」
「校長!まだ我輩の話は…」
「後にするのじゃ。
ハグリッド、下ろしてあげなさい」

なんだなんだ、校長、だって?
するとここは何か、学校だとでも言うのか。選りに選って変わった学校で、前回の私はくたばったらしい…何のために来たのだったか…まあ、どうでもいいことだけれど。
たった今くぐったばかりの重厚そうな扉を盗み見ると、急に視界が反転して私は混乱した。大男が肩に担いでいた私を地面に下ろしたのだと気付くまでに二秒かかった。向き合っている大男(多分彼がハグリッドだろう)の顔を見上げてから、"校長"と"一人称我輩の男"を振り返るのに、更に三秒。

白髪に白髭の老人と、対照的に黒髪黒づくめで鉤鼻の男が立っていた。白い方が"校長"だろう、恐らくはだが。

「あー……どうも有難う御座いました、ミスターハグリッド。
つかぬ事をお聞きしますが…此処は何処です?」

彼等の私を観察する目つきに耐え兼ねて大男に申し訳程度に礼を言うと、黒づくめの男の眉間に絶壁の如く皺が寄る。おや?名前を間違えたか。ハグリッドだと思ったけれど。

「……つまらん冗談は止して頂きたいものですな」
「は?」
「心配は無用じゃ、なまえ。ここはホグワーツ魔法学校、わしはここの校長じゃよ…覚えておらんようじゃが」
「なんで私の名前を……?
ああ、すると……前回の私とあなたは知り合いだったのでしょうか、あなたも……あなたも?」

校長、大男、そして黒づくめの男へと視線を滑らせると、大男が首も取れんばかりに激しく頷いた。成る程成る程、では彼等は皆、私を知っているということだ_尤も前回の私を、だが。

「酷く記憶が曖昧で憶えていないんです、残念ながら。これまではそんな事なかったような気がするのですけど…それもあやふやで。私は皆さんと…その…どういう関係だったのでしょうか」
「もう充分だと言うのが分からんかね?なまえ、押し掛けて来て開口一番に下らんことを言うのは止めたまえ」
「ちょっと、あの…」

黒づくめは低い声ですらすらと文句を言うが早いか私の右腕をひっ掴んで、眉間の皺もそのままに私の目を見下ろした。私と同じ真黒い瞳が、私を見る。
長い間私の目を凝視する彼に私の額にも皺ができそうになったが、みるみるうちに戸惑った表情を見せる目の前の男が不意に懐かしく思えた。前回の私は、この男と親しかったのだろうか?
嫌な気分ではないからきっとそうなんだろうが、忘れてしまうなんて残念だ。そこまで考え至った時に様子を見守っていたらしい校長が口を開いた。

「これで分かったろう、セブルス?
その子は本当の事を言っていると。閉心術を使っているわけではないということものう」
「納得できませんな、我輩の開心術が不調である可能性も…」
「セブルス、セブルス。認めねばならん…なまえは殆どのことを憶えておらんのじゃ、きみのことも」

なんだか前回の私はとても、この_セブルスと呼ばれている_男と懇意にしていたらしい。なのに、なのに私は思い出せないのだ。
酷く悲しくなった私の手を彼が離したのは、彼の白い顔が無表情になるのとほぼ同時だった。