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湿った冷たい地面から衣服へと浸透してきた水分によって齎される不快感になまえは身動ぎした。
嗅いだ覚えのない腐った土の臭いが鼻につく、ということは、またしても次の生涯へとたどり着いてしまったわけだ。
身動ぎ以上の動作を彼女は早々に放棄したようだった。
というのも、もういい加減に懲り懲りだと独りごちることにさえ飽きた彼女にとっては、その場から上体を起こすこと一つをとっても面倒に感じられたので。

彼女が今現在知っていることといえば、自分が横たわっているのは1900年代後半の"何処かの国の何処かの場所"であるということと、自分の名前はみょうじなまえであるということ、そして自分はそう遠くない場所で"再び"死んで_或いは殺されて_またしても次の生涯へたどり着いてしまったということだった。
数え切れないほど死んで、数え切れないほど目を覚ました。
"前の生涯で行なったあれこれ"の記憶は失っているらしく此処へ来る前に何をしていたか全く思い出せなかったが、自分が何度も生き死にを繰り返しているという事実だけは覚えていた。


ひしひしと衣服へ染み込む泥水を甘んじて受け入れつつ彼女は、これが所謂輪廻転生、自分には朧げに前世の記憶が残っているのだろうかと殆ど無感動に思った。その考えに至ったのが今回で初めてなのか、回数を経たものなのかも分からないままだったけれど。

彼女が前回生きていたのは(もとい、死んだのは)確か1900年代後半でのことだったので、今回はその続きであるはずである。
今回は老衰で死ぬのか病気で死ぬのか、もう一層の事ここで衰弱死してやろうか、実行する気もない儘無責任にそんなことを考えていると、近くで恐らくだが犬の吠える声がした。まさか喰い殺されるのか。思わず顔を顰めはするがその未来を回避するために努力する気力は彼女には無い。外傷に因って自分が死ねないことは覚えていたし、彼女は心身共に疲れ果てていたので。

噛みつかれても直ぐに治ってしまうのだから放っておこうと考えつつ不快な地面に暫く身を投げ出したままでいると、いつの間にか側に来ていたらしい犬に顔中を舐めまわされて流石に堪えきれなくなった彼女は初めて体を動かした。左手で犬を振り払ったところで、頭の方から人間が喋るのが聞こえる。
誰だ、と_ああ、どうやら彼は私に話しかけたらしい、となまえは思って、不本意ながらも上体を起こしながら振り返った。


「こんばんは、ミスター……これはこれは、随分と恰幅が宜しいようで」
「……動かなくて良い、ここがどこだか分かるか?お前さん禁じられた森に居るんだぞ」

おやおや、どうやらここは誰かの私有地らしい、面倒なところで目を覚ましてしまった……。
前回の自分の不注意さに辟易しながらなまえは立ち上がろうとしたが、どうやらまだ足に力が入らないらしく、結局座った儘にすることにした。

「なんだか御迷惑だったようですね、お望みとあらば早急に立ち去りますから目を瞑って頂けません?」
「ダンブルドアのことは?……スネイプのことは覚えちょるか?」


知るか、と言いたい。前回の自分がここで息絶えたのだろうということしか分からないのだから、どんなに説明してあげたくても出来ないのは無理からぬことであって。

「何とも申し上げられませんね、記憶がないものですから」

全身を使って精一杯残念そうな雰囲気を醸し出すなまえに顔中髪なのか髭なのか(恐らく両方だろう)で毛むくじゃらの大男が一歩詰め寄る。

「名前は?……名前は覚えちょるか」
「はあ」

みょうじなまえといいますが。
そう答えたところで毛むくじゃらの大男は、立ち上がる気力の無いなまえを抱え上げ、大型犬を従えて城へ向かい歩き出した。