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父がこころを病んだ理由と言うのはこれまたよくありそうなことで、父に言わせれば出来の悪い人間を取り仕切るのにつかれたらしい。もちろんその中に私も入ってるんだろうけど。彼は入院させられる直前にはもう完全に統合失調症に陥っていたから、私が娘だってことも分かってない時間が長く続いていた。自分で言うのもどうかと思うけど虐待めいたこともされていたからそれなりに辛かったものの、病気だから仕方ないと、この男は弱かったんだと妙に客観視して納得している自分がいた。今考えればどうかしていたと思う。たぶん心のバランスを保つためになるべくしてなった反応なんだろうけど。
それまで比較的善良な学生だった私がみるみるうちに柄が悪くなっていくのを不審に思った承太郎が、のらりくらりと躱す私を振り切って家に乗り込んできたのが事の発端。
幼馴染でお互いそれなりに信頼してたし、私の母がずっと昔に死んだ事も承太郎は知ってたから、変わり果てた父を見た承太郎は酷く困惑したみたいで、暫くの間私に対しての接し方も決め兼ねたらしくまるで割れ物に対してするように私を扱った。その時の私はそれだけで充分で、必要以上に救いの手を差し伸べられるとか同情で施しを受けるとか、そういうのは自分が明らかに"かわいそうなひと"になってしまうような気がしたから嫌だったのだけれど、承太郎は私が思う以上に正義の人だった。
彼は毎日学校が終わると私を例の豪邸に引っ張って行って、最初は混乱してた私もホリィさんの手料理を振舞ってもらうのが日課になった。ホリィさんはまさに母親の勘というやつか色々と察してくれたみたいで深く追求もせずに私を受け入れてくれたし、堪えきれなくなった私が大泣きしながら全部ぶちまけた時も黙って抱きしめてくれた。ほんとうに名は体を表すというか、ホリィさんはさながら女神か聖女だと思う。承太郎もなんだかんだ言って良い子に育つわけだ。なんちゃって。
そんなこんなで私にとって父が居る家は寝るためだけのものになっていって、父の病気に気付いた親戚が彼を精神科に連れて行った。医者の申告は父は重度の統合失調症で既に本来の人格以外に複数の人格が出来上がってしまっているということと、常人並みの生活はおくれないだろうということ。
ほんとうはこういうことは言っちゃあダメなんだけどね、と、医者は私に言った。恐らく、完全に回復することはないだろうと。だから君はしっかりと前を向いて自分の人生を大切にしなさいとかそんなようなことを言われたような気がする。
当たり前だ。誰があんなやつ顧みるもんか。莫迦か。と、失礼ながらあの時は思ったけど確かに私は父親の面影にとらわれてると最近思い知った。こんなとき父親ならなんて言うだろうとかこれをしたら少しは褒められるだろうかとか、さり気なく私は普段から考えてるからだ。そのせいで鬱陶しい喪失感に飲まれて気付けば自分は何のために生きているのかなんて考えてる。こんなんじゃ私まで病人みたいだ。鬱病患者じゃああるまいし。
でもまあ今は承太郎が大分心の支えになってくれてるし、何だかんだ言っても幸せだから、良しとしよう。