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底抜けに青く澄んだ空に煙草の煙の灰色が映えていた。鼻に通した煙を吐き出す音が誰も居ない道に一際大きく聞こえる。授業をふけて一人で煙草を燻らせているのは、結局、なまえが今日学校に来なかったからだ。あいつの教室を覗いても居なかったもんだから、そのままなまえの家に足を運んでしまった。俺らしくないと言えばそれまでだが、昨日のことを少しばかり後悔していた。……あの時、なまえを引き止めていれば良かった。あいつのことだから明日には何もなかったような顔をして顔を出すだろうが、あの時なまえの腕を掴めなかったのは、他でもなく俺の臆病な側面のせいだ。頼られたいばっかりに墓穴を掘っている、こんな情けない奴じゃあ頼り甲斐がないに決まってる。
ろくに味わってもいないのに咥えた煙草の先が灰になって落ちていく。短くなってしまった吸いさしを咥え直しながら、昔のことを思い出した。なまえの父親が変わり果てたことを知って、なんとか助け出そうと俺は躍起になっていたように思う。なまえも少しずつ俺に心を開き始めて、心の内を打ち明けることも少なくなかった。そんな頃の話だ。
あいつの父親が精神的に正常でないことは素人目にも明らかだったから、精神病院に入院させたらどうだと俺が提案したときだった。それまで一度も涙なんて見せなかったなまえが、目に溢れんばかりの涙を溜めて俺を見ていた。俺が驚いて何も言えずにいると、なまえは譫言のように言った。
"自分にとって父親は神様みたいな存在、この世界のすべて"で、"父親に認められるために生きてきた、あの人が居なくなったらどうすればいいのか分からないの"と。
まるで自分が泣いていることに気が付いていないかのような様子で、なまえはしきりに自分の存在意義を疑っていた。今まで歪んだ愛情しか手に入れたことがないからだ、なまえは異常なまでに父親に依存していた。俺が代わりになってやらなければ、愛してやらなければ、そう思った。ああ、それなのにこのザマか。数段飛ばしながらアパートメントの階段を駆け上がると直ぐにみょうじという表札が見えた。
"すべて"になりたいとは言わない。ただなまえに頼って欲しい。そしてあの父親の呪縛から開放してやりたかった。そのためなら、俺に依存すればいいと……。

本来なら最初にチャイムを鳴らすものだが、物思いに耽っていた俺は無意識にドアノブを回していた。なんの抵抗もなく扉が開いて、あまりの無用心さに呆れた直後、俺は不審な雰囲気を見てとった。コンビニで何か買ったのか、中身が入ったままのビニール袋が床に打ち捨てられていた。変だ、と思った。この部屋は静かすぎるのだ、胸騒ぎがして居間へと続く扉を開けると、誰も居ない部屋のテーブルに小さな白いメモが置かれていた。
シャープペンか何かで書かれた整った文字は、俺の名前をなぞったあと、"遠くに行かなくちゃいけなくなってしまいました。いつ帰れるかわからないけど、元気にしてるから心配しないで。こんなにいきなりごめんなさい"、と。