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ジリジリと音を出しそうな陽射しが学生服を焦がしていた。俺の左側で日陰をあずかっているなまえがどうにも堪らないという様子でうちわを動かしている。暑い、と思った瞬間になまえがこちらを見上げたのがわかった。暑くないの?と聞こえる。あまりにタイミングが良かった、俺は反射的に、一種痩せ我慢ともとれる反応をする。してしまった、と言ったほうが良いか。おかげでうちわを奪い取ろうとしていた腕を引っ込める羽目になってしまった。暑くない、と俺は言った。斜め下のなまえの顔を見遣ると、なまえは俺の顔を見上げて、あからさまに不満そうな顔をする。なにが気に食わないのか分からないが、腹を割って話せる関係になってからのなまえが見せる表情のいろいろが、俺はたぶん好きだ。片眉をあげて小さな唇を突き出しているこの表情も、その一つで。小生意気な顔を見ていたらなんだかおちょくってやりたくなってうちわを細い指からもぎ取る。少し腕が黒くなったか、俺と違ってこいつは半袖だから当然か。抗議するように再び俺の目を覗き込んでくるなまえの茶色い虹彩を見てふと思う。こいつも、イギリスの血が半分混ざっていたのではなかったか。

ああ、そういえば、このあと野暮用があるんだった__昨日知らない女に呼び止められて__あんまり切羽詰まった様子だったもんだから促されるままに喫茶店に入ってしまった。……入ったものの用事を思い出して断ると、女は、「じゃあ明日ではいけないか」と。
よくあることと言えばそれまでだが、真剣に話をしている人間を邪険にするのはどこか気が引けるのだ。惚れた腫れたの類いじゃあなさそうだったから承諾したものの、これを今なまえに言うのは、どうか。甘えることに慣れてないこいつは、嫌だと思っても言わないことのほうが多い。そんなことだったら最初から言わないでさっさと済ましたほうが得策か。

「なまえ」
「ん?」
「これからちょっと用事があるんだけどよ」
「うん……うん?」
「そんなに長くかからねえと思うから家で待ってるか?」
「………」

なまえが俺を見上げて瞬きをニ、三度繰り返す。俺は思わず片眉を顰めてしまった、なまえのこの表情はあまり芳しくないのだ。……喜ばしくない状況におかれた際に感じた不快感を隠している、そんな表情だ。相手の返事を待っていたら、粗方予想通りの答えが返ってきた。

「いい。今日はなんか疲れちゃったから、帰る。夏バテかもね。」
「………」

まだ言えないか。……まだ俺は、完全には頼られていないか。
少しずつ元々の、父親のことを"完璧"だと思っていた頃のなまえに戻ってきている実感はあったものの、依存しきっていた父親があんな風になったせいでなまえは何かに依存するのを必要以上に怖がっている。きっとこいつは俺に依存するか否かで揺れ動いているのだ。
それを黙って待つことしかできない自分が不甲斐なくなってなまえの頭を撫でると、なまえは俯いていた顔を上げたものの、顔を近づけると再び俯いてしまった。頭に置いたままの掌に力が入る。

「もしかしたら風邪かもしれない。うつったらやだから、今日はやめとこ」
「…そうか。早いとこ治せよ」
「…ん。じゃあね」

踵を返して駆け出すなまえの腕を掴んで引き止めることもできた。腕の中に収めれば、なまえはきっと大人しく背中に腕を回してくるだろう。……しかし。強引に引き寄せた結果なまえに拒絶されるのを心のどこかで恐ろしく思った俺は、弱々しい情けない声で名前を呼ぶことしかしなかった。聞こえなかったのかもしれない、なまえはそのまま早足でもときた道の角を曲がって、俺が見えないところに、手が届かないところに、消えてしまった。