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あれから100年経った。
現世の時間は、霊界と圧倒的に流れが違う。速いのだ。
生死は繰り返される。いつのまにかテレビに色が付き、時の首相はどんどん変わる。
住むところを転々とさせ、人と最小限に交わっていきていく。

彼らは仮面の軍勢。
とある陰謀に巻き込まれ、死神を逸してしまった者たち。



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次の引越し先を空座町に決め、彼らはのんびりと暮らしていた。空座町は重霊地であり、次にでかい戦いが起きるのはここしかない という見解だ。
なぜなら、霊界・尸魂界では五番隊隊長だった藍染惣右介を始めとする隊長3人が謀反。理由は神の領域を侵すという 至極くだらないもので、その手段として、王鍵の創生のち王界に入るらしい。
護廷十三隊は藍染の策略を止めるために、策を講じている。もう彼らはその戦力に数えられてない。いないものとして、存在している。100年間の長きに渡り、ひっそりと暮らしてきた。
だが、藍染惣右介への復讐の心は持ち続けている。100年で大きくなった。鍛錬は欠かしてない。あの楽しかった毎日を奪った藍染を許さない。

そんな彼らは、アジトを持つ。結界を張り、一般人には見えないようにしている。だが、アジトを借りたり、食費を得るために、アルバイトをして生計を立てている。一方で人間と上手く関われそうにない者はアジトの見張り番だ。
今回のアジトは空座町のある一角、ボロい倉庫だ。彼らは共同生活を営み、家族のように暮らしている。



ある日、まだ彼らが黒崎一護との接触をしていなかった頃、皆が寝静まった夜に 平子真子は1人で散歩に出ていた。わいわいと仮面の軍勢メンバーと晩酌を済ませ、日付が変わる時間帯にはお開きにした。翌朝から予定がある者といたからだ。平子は特に予定があるわけでもないが、自室に戻った。お気に入りのジャズナンバーをかけ、寝巻きに着替えた。着替えたはいいものの、眠気がこない。1人でまた飲み直すのも、何だか嫌だ。付き合ってくれるのはジャズかテレビで、飲みには話し相手がほしいところだ。

ほろ酔いのまま 散歩に出かけようか。

そうと決まれば、先ほど脱いだ服に着替え直し、軽く上着を羽織る。そっとアジトを抜け出し、静かな空座町を歩く。上空では星が瞬き、柄にもなく綺麗だと感じた。
地面に足をつけ、当てもなく歩くのも中々よいものだ。人気もなく、静閑とした時間は、彼から何もかも忘れさせてくれる気がした。
しばらく、住宅街を歩いた時、前から歩いてくる人がいた。目線を下に向け、フラフラと。何かを探しているようだった。

ーーん?

そして、近づくにつれ違和感に気づく。こいつ現世で病人が着ている服を着ている。しかも…霊体だ。20代の女性のようだ。霊体ではあるが、(プラス)ではない。胸の因果の鎖が、彼女の歩いてきた道のりに延々と伸びている。幽体離脱をしているらしい。
胸の鎖がジャラジャラ鳴っているのも気にしないほど、彼女は一生懸命何かを探している。
彼らーー平子たち仮面の軍勢、は普段、霊体を相手にしない。時々鬱憤晴らしに虚を斬りには行く(もちろん護廷十三隊にバレないようにひっそりとだ)が、こんな霊圧の弱い霊体など無視をしている。
でも この時は違った。酒で上機嫌だったことも、酒を1人で飲む気にならなかったことも、キョロキョロ何かを探す彼女が気になったことも、何より暇を持て余していたから、声をかけた。

「何しとんねん」

彼女はこちらを見ない。自分に話しかけられていると思ってないのか?

「キョロキョロしとる そこのあんた、何しとんねん」

少し語調が強くなってしまったか。平子がそう尋ねると、彼女は目線を上げた。
バチっと視線が絡む。

「…私が、見えるの?」

驚きと疑いを含んだ声で問う。彼女は自分自身が他人には見えていないことを理解しているようだ。

「なんや、自分が霊ってこと 分かっとるんやな」
「あなたにも私が見えるってことは、あなたも幽霊?」
「オレはちゃうで、物にも触れる」

平子は近くにある壁に手を伸ばす。手に冷たいコンクリートの感触が伝わる。

「そっか、生きてるんだね」
「あんたも生きてるんとちゃう?」
「ずっと目を覚ませないの。意識はあるのに、体が動かないってこういうこというんだなーって感じ」
「随分冷静やな」
「こうなって2週間くらい経つから、もう分かっちゃったよ」
「何がや」
「死んじゃうんだなーってこと」

平子と彼女の間に風が吹く。2人の髪の毛が踊る。昼間は蒸し暑さを感じる風も、夜は温かさをもたらす。

「でも、あんたは生きとるで」
「生きてても…こんな状態じゃ、」

彼女の語末は小さくなる。生きてても霊体でしか動けない今の状態では、意味がないということだろうか。
平子が見たところ、彼女は幽体離脱をしてしまった霊だ。因果の鎖は、おそらく切れておらず、彼女の体まで伸びているだろう。因果の鎖が果てしなく長くなっているが。

「せや、何しとったんか聞いてたんや。探し物か?」

下を向いてキョロキョロしていたら、誰でも何かを探していると思うだろう。彼女は霊体で、何も触れられない状態にも関わらず、何を探していたのだろうか。

「…指環」
「……」
「指環を、探してるの。恋人からプロポーズされたんだけど、つけるのが、恐れ多くて箱に入れてて…事故した拍子に失くしちゃった」
「事故で霊になっとんやな」
「多分…事故のダメージで体が動かないの」

鬼道…回道を使えば、きっと彼女は回復するだろう。だが、それは過干渉だ。本来、霊界・尸魂界が人間の生死に関わってはいけない。死んだ人間、魂魄だけの状態になってから、死神は初めて魂魄の調整者としての役割を全うできる。平子は死神ではないわけだが…

「せやな…ほな、元・死神が1つアドバイスしたる」
「元…?あなた、人じゃないのね?」
「オレのことはどうでもいいねん。自分自身のこと考えや。
あんたの胸にある鎖を因果の鎖って呼ぶんやけど、それが 体と繋がらなくなった時、まぁ切れた時やな、あんたが死ぬっちゅーこっちゃ。切れたらもう元には戻れん」

彼女は静かに聞いていた。鎖をジャラっと持って、これってそんな意味があったんだ、と呟く。

「その様子じゃ、指環を見つけられるまで 成仏できそうにないしのぅ。せいぜい因果の鎖が切れんように 頑張りや」
「あなた…元・死神なら、今は何なの?」
「…何やろうな」

仮面の軍勢は、死神と虚の境界を破ってしまった者。基本は死神だが、100年前のあの日、虚として処分命令が出た時に、彼らは死神ではなくなった。

「ま、オレのことはどうでもいいわ。
とにかく、もし因果の鎖が切れたらオレんとこ来いや。工場の廃屋に住んどるから。成仏の手伝いしたるわ」
「…あなたみたいないい人が死神だったなんて、信じられないわ」
「人間が想像しとる死神とはちょっと違うんやで」
「ふーん…、ありがとう。あなたの手を使わずに、成仏できるように頑張るね」
「せやな、頑張りや。ほな」

平子は軽く片手を挙げ、彼女の横を通り過ぎる。彼女も鎖を鳴らしながら歩き始める。彼がくれた、小さいけど確かな愛の誓いを探すために。




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