Others なぜ自分があんなに弱い霊体を相手にしたのか、平子は分からなかった。普段なら見て見ぬふりをするような、とるに足らない存在だ。しかも、この空座町には現世在住の護廷十三隊所属の死神がいる。彼らの任務は整を魂葬し、虚を斬ることだ。最近霊圧が変わったことから、交代したのだろうなと思う。任期が終わったのだろう。 空座町は重霊地であり、大きな霊圧を持った人が生まれやすいのか、たまに死神でもなく虚でもない霊圧を感じる。それが何なのかは、仮面の軍勢にとっては、どうでもいいことだ。彼らの邪魔にならなければ。この100年、そんなことはしなかった。たまに霊界にバレないように、近場で虚退治をするが、これは死神の仕事としてではなく、自身の憂さ晴らしのためである。特に猿柿がよくやる。 しかし、昨晩、平子がやったことは、死神の仕事ではないが、極めて死神の仕事を助することである。彼らは霊界を去り、肩身狭く現世に生きている。ひっそりと生きている。藍染に存在がバレないように生きている。抑えきれない一生の復讐心を抱えて生きている。死神の仕事をやるほど、手は空いてない。 それなのに、吹けば飛びそうな霊体に声をかけた理由とは。 「しんずぃー!ご飯いらないのー?二日酔いー?」 「ちゃうわ!ボケ!」 「何よー!折角呼んであげたのにー!もうお腹空いても知らないからねー!!」 九南が叫ぶが、平子は気にしない。シックなソファにもたれかかったままだ。九南がご飯を知らせているということは、準備したのは六車だ。ご飯は当番制にしているのだが、九南の調理を見ていられず、六車が調理を代わりにするのが通例だ。 「あー!腹減ったからやな!拳西の飯食って寝よ!」 平子は立ち上がる。シャツにシワが寄っているが、外に出るわけではないからいいだろう。 「何叫んでるのー?しんずぃー!!?」 「今行くわー!」 話は若干噛み合わない。 幾日か経った。画面の軍勢が現世に来た時から数えれば、ほんの一瞬だ。 平子は一昨日くらいにご飯当番だった。8人でローテーションだから、だいたい3日に1回 当番となる。よって、今日は当番だ。しかも、夕食。 朝食だったら、軽く食パンとおかずでよいのだが(ただし早起きしないといけないのが難点)、晩飯はそうはいかない。バイトで夜勤の者を除き、皆が集まる。朝食と違って、しっかり食べたい者が多い。因みに、昼食は外出している者には弁当を作るか、弁当代を渡す決まりになっている。平子は断然弁当代を渡すが、鳳橋や先に出た六車などはちゃんと弁当を作ってくれる。食費は作る者が支払うため、作った方が安いから早起きして作る、というのが彼らの論だ。鳳橋は趣味のため、六車は九南の食事当番もこなしているため2倍食費がかかるから、節約しなければならないらしい。収入源がない者は小遣い制だが、九南は六車が作ってくれるので、食費がかからない。収入がない者は洗濯などのその他家事が振られているが、平子は夜にバーテンダーとして働いているので、食事当番以外は免除されている。本日は21時出勤なので、食事当番は義務である。 「めんどいのぉ…」 今のバイト先のいいところは、店長の機嫌がよかったら、酒を持って帰れるところだ。引っ越すまでCDショップで働いていたが、今の現世の音楽はどれも似ていて、あまり覚えられなかった。ちょっと昔のジャズは好きだったのだが… どんなに面倒くさくても、食事当番はしなければならない。前述したように、自費で作るので材料を買いに行かねばならないのだ。 ーー昨日はパスタだったさかい、焼き魚にでもするか。 軽くメニューを決め、買い物に行くために身支度をする。安い魚でも買うのだろう。 のどかな平日の昼下がり。買い物にはうってつけ。アジトの周りには違和感のある霊圧も、強そうな虚もいない。変わらない、毎日だ。 エコバックをポケットに突っ込み、アジトを出る。一瞬、日光に目がくらむが、すぐに視界が元に戻る。スーパーの方面に歩き出す。平子はいつものように背中を丸め、手はポケットの定位置だ。歩くたびに、平子のさらさらのストレートが左右に揺れる。 しばらく歩いていると、前方に黒い車と黒い服を着た人達がいるのに気づいた。どんどん近づくと、ある看板が見えた。 冥地菜舞送別式。 白地に毛筆のフォントで書かれているそれは、告別式の開催を知らせる物だった。 ーー1つ魂が尸魂界に逝った。 この冥地菜舞という者が成仏していればの話だが。葬式の会場からはすすり泣きも聞こえてきて、冥地菜舞が皆から愛されていたことを感じる。 人間の生は短い。その間にたくさんの人に大切にされて、死を惜しまれて、きっとこの魂魄は成仏しただろう。 ーーじゃあ、オレらは? 藍染の策略にハマり、虚化した挙句、虚として…始末。それを逃れられたのは浦原と三菱、四楓院の尽力があったからで、こうして復讐を目論んでいられるのも、彼らのお陰だ。…亡霊のようなものだ。 昼間から感傷的になった自分に 平子はハッとした。1人ヒトが死んだだけだ。平子には関係ないはずなのに。 平子は歩みを止めず、通り過ぎる。いつもの猫背で、いつも歩いているように。 すると、後ろからペタペタと素足で走る音がした。振り返ると、淡い色の、現世の入院患者が着る衣服を纏った女が走っている。 「おま…!」 見たことのある服だ。数日前の夜、偶然出会った彼女の着ていた服だ。 「…あなた、この前の」 彼女は平子を認識し、立ち止まった。 「何で走っとったんや、あんた裸足やんけ」 「死んじゃったから、裸足もクソもないよ」 「…これ、あんたの葬式やったんか」 「結局見つけられなかったよ、指環。彼は葬式に指環つけて来てくれたのに、私はつけれない。私の抜け殻を見てみんな悲しんでるけど、私は…」 「せやな、悔しいな、見つけたいモン見つけられんと」 「……うん」 彼女の頬が濡れた。 この前と異なり、彼女は ーーそれでも、 魂葬したくないのは何故だ? 「オレ、死んだらオレんとこ来い 成仏させてやるからって言ったけど、やめとくわ。あんた、自分で見つけたいやろ?指環」 現世の執着は確実に指環だろう。指環さえ見つければ、彼女は成仏できるはずだ。自力で成仏した方が 幸せなはずだ。そのはずだ。 「せやから、オレも手伝うわ。エンゲージリングっつーやつやろ、どんなやつや?」 完全に死神の仕事ではない、けど、平子は死神ではないからよいのだ。彼は自分にそう言い聞かせた。 [←] [→] [back] [TOP]
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