東西南北 | ナノ



東西南北


子供と別れた後、冴奈は比古を探していた。
でかい図体に外套、という奇抜な姿であるにも関わらず、比古をまだ見つけられていなかった。

「…師匠、どこにいるんだ」

キョロキョロと辺りを見回す。
…茶屋が目に入った。

紺色の日傘が差してあり、赤い布がかけられた椅子には誰も座っていない。
店内はある程度客がいるようだ。

「……」

――入りたい。

久し振りに縮地を使って疲れたのもある。座って、お茶を飲んで、喉を潤わしたい。
だけれども金がない。童(ワッパ)に銭をあげる以前から、財布には金が入っていなかった。

――いや、茶を飲むくらいなら…金……

あった気がする。
ある、あった。大丈夫だ。

冴奈は段々自分に催眠をかけているように見える。
そして、脚は一歩ずつ茶屋に向かう。
一歩一歩近づいていき、店先。

「茶、お願いする」

言ってしまった。
冴奈は若干後悔する。

――お茶だけなら、大丈夫!!

店の前にある、長椅子に座る。赤い布に少し皺が入る。
空は綺麗な水色だ。
ところどころにある白い雲がよいアクセントになっている。
店の中から一般客の声がする。

「へぇ、北陸でそんなことがねぇ」
「今は新潟って言うんだぜ」
「自民党議員ら逮捕…か。警察を侮辱して捕まるなんて、間抜けだな」
「間抜けはお前だ、阿呆。月岡先生も皮肉って書いてるだろ。警察を侮辱して捕まった訳じゃねぇンだよ」
「というと?」
「政府は新聞の内容を検閲してんだ」
「政府は汚ぇもんだな、都合の悪いことは新聞に載せないのか」
「らしいぜ。月岡先生もよくやるもんだ」
「月岡?」
「知らないのか!月岡津南ってぇのは、新聞書いてる奴だよ!新聞書くのも厳しくなってんのに、国民(オレら)にありのままの事実を伝えようと頑張ってくだすってんのさ!」

――月岡先生は言論の立場で闘ってるんだ。

似ていると思った。
飛天御剣流の理"御剣の剣、即ち、時代時代の苦難から弱き人々を守ること"と。
刀を使うのではなく、言論の立場で、情報を伝えることで。
冴奈にはできないことだ。今まで剣だけを相手に生きてきた。
きっとこれからも、この生き方は変わらない。変えれない。
自分に合った生き方ができるように、と願を掛けて髪を伸ばしてきた。

「だけど月岡先生って独り、東京でこんな新聞作ってるらしいぜ」
「そうなのか!?この量を?」
「ホント尊敬するぜ」
「おい!もうこんな時間だ!戻らないと親方にドヤされるぞ!!」
「うわっ!!ねぇちゃん、勘定!」

2人の客は慌ただしく出て行った。
大工のような格好をしている。休憩中にお茶を飲みに来たのだろう。

「…弱き人々を守る、か」

冴奈は未だ人を守ったことがない。
ずっと山奥で修行をしている。

――私の剣は誰かの役に立つのだろうか。

――「だけど月岡先生って独り、東京でこんな新聞作ってるらしいぜ」

「………そうか」

役に立っている人の、役に立てばよい。
そうすれば間接的に世の役に立つ。
月岡先生の役に立てばよい。

――東京の月岡先生の元に行こう。
  そして、御剣流の理を体現しよう。

冴奈の瞳に、決意が窺えた。




帰宅後、山奥にて

「…師匠お願いがあります。私を東京に行かせて下さい」
「あ?」
「弱き人々を時代の苦難から守るのが飛天御剣流の理。私がしなければならないことを見つけました」
「何するつもりだ」
「言論の立場で闘っていらっしゃる月岡先生という方の手助けを…と思います」
「たかが早いだけが取り柄のお前に何ができる」
「月岡先生の用心棒になって、先生がお仕事できやすいように…」
「お前には無理だ。やめておけ」
「…!!!
 師匠の解らずや!!!!どうせ独りになるのが嫌だから、私を引き止めているだけなんでしょう!!!!」
「そんなに言うんなら、このオレを倒してからにしろ!!!」
「覚悟ぉぉおおおお!!!!」
「本気で打ち込んでくると、はっ!!」
「あああ!!!!髪の毛が切れた!なんてことをしてくれたんですか、嫁入り前の娘に!!!!!」
「知るか。髪の長さを考えないで避けたお前が悪い」
「願掛けでずっと伸ばしてたんですよ!どうしてくれるんですか!!!」
「叶わないくだらん願いなんて捨てちまえ!」
「もう師匠なんて知りません!!師匠の了承なんてなくても、私は東京に行きますから!」
「ああ、行ってこい!!お前なんか知らん!弟子でもなんでもない!!」
「それじゃあ、さようなら!」
「冴奈!!」
「っ!!何ですか、急に刀を投げないで下さい!危ないです!!」
「オレの見事なこんとろぅるで落とさなかったからいいだろ。
 それは餞別だ。持ってけ」
「…!!ありがとう、ございます…師匠」
「ほら、行け!」




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管理人から!

8話目を書いた辺りで、Prologueを編集しました。
結局似た者同士のヒロインと比古。そして剣心。
比古はヒロインがいつか出て行くの、解ってたんだと思います。
新聞紙条例とか曖昧です。管理人はよく解ってません。
史実と異なることがあると思いますが、ご容赦下さい。
間違った知識を入れないよう、お願い申しあげます。

next⇒剣術の用語 2012.4.9./.5.4.


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