東西南北 (夢主紹介をお読み頂けると、より楽しめます) 冴奈の髪型は、現代でいうアシンメトリーだ。 右側の横髪はカールがかかり、胸元まで伸びている。 一方で左の横髪は前髪とほぼ同じ長さに切られている。 何故そんな髪型になったのか? そこにこの物語の発端がある。 ------------ 明治16年。 ここは京都。 山の中、若い女と見た目は若い男が暮らしていた。 男はなんと40歳後半でありながら、20代のような若々しい姿をしていた。 その名を比古清十郎。 飛天御剣流・第十三代目である。 そして、彼のもとで弟子・緋村冴奈が修行していた。 朝食の時のことである。 冴奈は自分自身で作った味噌汁を啜っていた。 炊事をするのは弟子の仕事、と比古から掃除から何まで押しつけられていた。 その間に比古は新津覚之進としての仕事をする。 今朝も朝早くから陶芸に使う粘土を掘りに行っていたようだ。 「…冴奈、今日、作品を売りに行く」 「今日、ですか。随分と急ですね」 「明日あたりから天気が悪くなるそうだ。さっき山に登っていたジジイから聞いた」 きっとそのジジイは、梅雨にキノコが生えるか、というのを見ていたんだと思われる。 今は梅雨時期に入るか入らないか、という6月の初めだ。 「そうですか。解りました」 冴奈は比古と同伴しなければならない。 陶器を持っていくのなら人手が多い方がいいし、生活必需品を買う必要がある。 家事は全て冴奈に任されているのは先述の通りである。 冴奈は足りないものを思い出しながら、味噌汁を飲みきった。 「冴奈。お前、女物着て行けよ」 「…………………………どうしてもですか」 「間が長い。 早くいい奴見つけねぇと、嫁に行けねえぞ」 「それもそうですね。師匠みたいに生涯独りで暮らすのは嫌ですから」 「オレは結婚できねえんじゃねぇ。してないだけだ。 こんないい男、世の女共がほっとく訳ねぇだろ」 「はいはい、解りました。私のような者は努力をさせて頂きますよ」 「励めよ」 ――ムカつくなぁ。 だが、比古にとってこのくらいは序の口。 この男は素晴らしく自信家である。 そして、この超絶自信家に育てられた冴奈も大分口が悪くなっていた。 「…御馳走様です」 冴奈は朝食を食べ終わったため、席を立った。 ------------ 本日は快晴。 比古が山で逢ったという老人が言っていたことは本当なのだろうか、と思うくらいだ。 京都の町に下りてきた冴奈と比古は、新津覚之進の作品を置いてくれる店に向かっていた。 新津覚之進の陶芸は人気で、店頭で売ってくれる店は多い。 比古は作品が入った大きな箱を背負い、冴奈は小さめの箱を抱えている。 冴奈は久し振りに女物の着物を着て、歩きにくそうにしている。 「師匠、どこから行くんですか?」 「麻室のジジイのとこからだ」 「そうですか」 麻室の店に2人で行く。 白い外套を着た男と女が荷物を抱えて歩く姿は、夫婦(メオト)の買い物帰りにしか見えない。 ――……後ろから人が走って来てる。 冴奈は気配を感じた。後ろは見ない。 このまま走ってきたら、自分にぶつかるなぁと思い、冴奈は比古側に寄った。 走っている人が冴奈に衝突しないようにだ。 しかし。 ぶつかった。 もう避けたから、と思って気を抜いていた。背中からの衝撃はあまり強くなかった。 「い…!!」 ぶつかってきた人は、こちらも振り返らずに走り去る。 くすんだ黄色い着物を着た、子供のようだ。 「冴奈、大丈夫なのか?」 「はい、師匠…。怪我もしてませんし」 比古が自分の心配をしていることに驚きを隠せない冴奈。 「違ぇよ。財布だ。スられたぞ、さっき」 「な!!?」 冴奈は懐を確認する。 帯の左側に入れていたはずだ。だが、なけなしのお金がある財布がない。 あの天上天下唯我独尊自信家の比古が冴奈の心配をするはずがない。 「今の全財産が!!!!!! 師匠、この荷物頼みます!!!」 冴奈は持っていた荷物を比古に押し付ける。 そして冴奈は少し跳ねた後、消えた。――正確には、目にも映らない速さで駆けた。 「…別に今からオレの素晴らしい芸術作品を売って、金にするから追いかけなくていいぞ、って言おうとしたんだがな」 比古の独り言を聞く者はいなかった。 ------------ ――許さない! お金どうこうではなく、冴奈は悔しがっていた。 この自分が動向を察知していた子供から財布をスられたからだ。 自尊心(プライド)が傷つけられた。 その為、全速力で駆けていた。 女物の着物を着ているから走りにくいが、大したことではない。 一般の人は冴奈が通り過ぎた後、強風を感じることしかできないだろう。武術の心得がある者でも、認識するのは難しいと思われる。 ――見つけた!! 暗い黄色の子供が手元を見ながら歩いている。 きっとスった財布の中身を確認しているのだろう。その証拠に、子供は苦々しい顔をしている。財布に思ったより金がなかったのだ。 刀を持っていないので、子供を蹴る。 子供は道の端に飛ばされる。 「貴様、いい度胸してるな。この私から財布を盗るとは」 「ぅ…ゎ(充分距離取って、逃げてきたのに!!何で追いつかれたんだ!!?)」 冴奈はスられた財布を奪い返す。 中身が少ないのは相変わらず。元のままだ。 元のまま…少ない。 ――というか、これから師匠の作品売りに行くんだから、こんなに一生懸命取り返さなくてもよかったんじゃ…… 今更気付いても遅い。 既に比古とは逸れてしまったし、健気な子供に蹴りまで入れてしまった。 「…まだ若いんだから、まともな仕事を探せ。親に顔向けできないような生活なんてするな。……ほら立て」 小汚い子供に手を差し伸べる。 子供がおずおずと手を伸ばしてきたので、冴奈はその手を掴み引き上げた。 財布の中から5銭出す。 「やる。これで身なりを整えて、きちんと働くんだ。解ったな」 子供は目を開いて、銭を受け取る。 「いい子だ。じゃあな」 冴奈は元・スリの子供に背を向けて、比古を探した。 [←] [→] [back] [TOP]
×
|