一頻り笑った梔子を恨めしそうに見つめるカカシは、しかし内心では複雑な思いだった。

目の前でコーヒーセットのサンドイッチを摘まむ梔子は、まだ九つだ。
そう、まだ九つで、上忍への昇格が決まっている。

「どうかしましたか?」
「どうかしましたかって……白々しいよ、君。人に恥かかせておいて」

カカシは、拗ねたような口ぶりで梔子を睨めつける。
梔子は先ほどのカカシの慌てっぷりを思い出したのか、またケラケラと肩を震わせた。
大人顔負けの態度で自分に接する梔子だが、笑った顔は年相応のものだった。
その幼い笑顔は、上忍にするには些か早計だとさえ感じさせる。子供に、上忍としての辛酸を舐めさせることは、とても痛ましいことだ。

「あれはカカシさんが勝手に慌てて、勝手に恥をかいたんですよ!俺は悪くないです」
「…………」

混ぜっ返すように笑う梔子の言うことは尤もである。
あの場合、カカシが慌てて否定すれば否定するほど、それが嘘っぽく聞こえたはずだ。カカシは、ばつが悪いのを誤魔化すようにコーヒーを流し込む。

それにしても、こうして話していると、梔子が自分より七つも下とは思えなかった。
誰にでもそんな態度だから昇格が早まるのだと、苦い気持ちになった。



「あのぅ…すみません、お客様」
「はい?」

カカシがコーヒーを飲み干すのとほぼ同時に、店員の女性が、どこか申し訳なさそうな顔でやって来た。

「ただいま席が満員でして、お客様さえ宜しければ相席をお願いしたいのですが……」
「……相席かぁ」

恐縮した店員の様子に苦笑した梔子は、次にカカシを窺うように見た。

「んーー…俺は別に構わないけどね」
「俺も構いませんよ」

カカシが答えると、梔子は店員に向かってニコリと微笑んだ。とても綺麗な愛想笑いだ。
店員は微笑み返してから、深々と頭を下げる。

「とは言っても気まずいですし、さくさくっと食べて出ましょうよ」

店員がいなくなってから小声でそんなことを言う梔子に、カカシは溜め息をつく。空になったカップの底を眺めてからコーヒーの二杯目を諦め、仕方なく頷いた。



「え?あれ?お二人さん……」
「げ、カカシじゃない」

それから少し経ち、カカシたちの居るテーブルに案内された客が二人、足音もなく現れた。
一人は女性で、もう一人は男性だ。どちらも忍だろう。
カカシの知り合いらしく、互いに気まずそうな顔で見つめあっている。

「カカシさんのお知り合いですか?どうぞ座ってください」

その様子を観察していた梔子は、朗らかな態度で、現れた二人を迎い入れた。

「……ああ、すまない」

梔子の隣には、強面でいかつい雰囲気の男が、そう一言断ってからぎこちなく座った。

「アンコも座ったら?」

カカシは紳士的とは言い難い雑な動作で隣の椅子を引きながら、女性に着席を促した。

「しかし、アンコとイビキが……ねぇ」
「ちょっと!なに誤解してんのよ!!」

徐に頬杖をついたカカシは、布に隠された口許をニヤリ吊り上げ、酷く愉しそうな雰囲気で、新しく来た二人を眺めた。
それに対し、みたらしアンコは不愉快そうに思いきりテーブルを叩きながら、強い口調で言い返す。
そのせいで、卓上にあった梔子のコーヒーカップから飛沫が飛び、梔子の服に茶色い水玉模様を作った。

「私は借りを返してもらうために来たのよ!」
「借り?なに、イビキ。アンコに借りなんか作っちゃったの?」
「そうよ。前の任務でイビキの奴ったらミスったのよ!そんで私がその尻拭いをしてあげたの!だから、今日はたーーっぷり奢ってもらうのよ!」

アンコは得意気に鼻を鳴らし、意気揚々とメニュー表を手にした。その顔に、遠慮なんて文字はないようだ。
大人しく座っている森野イビキは、静かに財布を取り出して、無言のまま中身の確認をしている。
そんな彼の汗水血を垂らして必死に稼いだ財が、この甘味処でどのくらい飛んでいくのか。それを考えたカカシは、サディストとして悪名高いイビキの事が、とてつもなく不憫になった。

「あ〜〜…イビキ、ご愁傷さま……」
「……ああ」

カカシに、要らぬ同情をされたイビキは、その強面には似つかわしくない表情でがっくりと項垂れた。

「店員さーん!取り合えず、みたらし団子30本に餡蜜4杯と、ワラビもち5皿ねー!!」

アンコはしょっぱい顔をする男たちを尻目に、一人楽しそうに注文を飛ばした。そこに遠慮なんて文字は、やはりなかった。




「そろそろ出ませんか?カカシさん」

お行儀良く紙ナプキンで口許を拭った梔子は、カカシにそう告げて、使った食器をひとつにまとめた。

「そうだね。長居すると二人に悪いし」

アンコをちらりと見てから、からかうような口調で同意したカカシは、財布を方手に持ち、席を立つ。

「だからそんなんじゃないっての!!まだいなさいよ!私をこのムサいのと二人きりにする気!?」

イビキは散々な言われようである。

「まぁまぁ、あまり長居するのは店側にも悪いですし、俺たちはこの辺で失礼しますよ」

アンコを穏やかに宥める梔子は、微笑んでいつつも少し居心地が悪そうだった。
この面子ではそうなるのも仕方ないと、カカシとイビキは察していた。
しかしアンコは、良くも悪くも空気が読めないことで有名だ。

「て言うか、アンタ誰よ」

みたらし団子を頬張りながら今更そんなことを言うアンコに、梔子は苦笑せずにはいられなかった。

「なんだ、知らなかったのか?この子は久々里家の三男だろう」

イビキが意外そうな顔でそう言った。
梔子は、里の忍仲間の間で話題になっている人物だ。 
異例の昇格のこともあり、先の任務の活躍に対する様々な噂や憶測が流れている。
だがその真相は、当事者の中で唯一の生き残りである梔子にしかわからない。

「へぇ…アンタがね」

アンコは値踏みするように、噂の的をじろじろと眺めた。
彼女の耳に、どのような噂が届いているのかを知る由も無い梔子は、苦笑いを崩さず、その視線を受け入れた。

「ねぇ、アンタが師匠も班の仲間も見捨てて自分だけ助かったって、ホント?」
「アンコ……!!」

イビキが言葉で、カカシが視線でアンコを窘める。
アンコの言った言葉は、悪い噂の最たる例だ。
裏切り。見殺し。騙し合い。殺し合い。これらが全くなかったとは言えない。あれは、実に不愉快で息苦しい任務だった。

「あの任務で起きたことは、全て報告書に記した通りですよ」
「私じゃ報告書なんて見れないわよ」
「なら、貴女は知る必要がないのでしょうね」

梔子は済ました顔で答えた。
任務の詳細が書かれた報告書は、内容が内容であるために機密文書として扱われている。真実を知っているのは、梔子と木の葉上層部の数名のみ。
梔子は、あの任務で起きた全ては墓まで持っていこう。そう決意していた。

カカシが梔子の肩をポンと叩いた。梔子が見上げると、眉間にシワを寄せたカカシと目が合った。
同情しているのか、あるいは避難しているのか、判別のつかない瞳だった。

「それではごきげんよう」

梔子は、育ちのよさが滲み出る笑顔でアンコとイビキに挨拶し、カカシとともにその場を後にした。

この一件から、梔子はアンコにすっかり嫌われれることになる。



 
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