Episode:4『そうしなければ、生きていけないんだ』



畑カカシと名乗る覆面の上忍に連れられて、屋上へやって来た。
町なかの埃臭い風が鼻先をかすめて、何処ぞへと流れて行く。
その風の行方を考えていると、カカシが唐突に自己紹介をしようと提案した。
九はそんなシーンもあったなと思った。

カカシは筋肉を弛緩させただらし無い座り方で、さらに頬づえをついてこちらを見据えた。
詰まらなそうな、あるいは全てに興味を失ったような、そんな表情をしている。
不審感丸出しのサクラが先に自己紹介して下さいと促すと、カカシは緊張感のない声で適当な事を語りだした。それで分かった事は名前だけだった。
そんな調子なので、九はすっかり毒気を抜かれたような気持ちでいた。


「じゃ、次はお前らだ。右から順に」


右というのは、カカシから見て右なのか、それとも自分たちから見て右なのか。頭の端で思っていると、カカシは九をじっと見ていた。
最初は自分か、と悟った九は居住まいを正し、慎ましやかな姿勢で口を開いた。


「おれの名前はうずまき九。好き嫌いはしないで、何でも食べます。将来の夢、というか、昨日見た夢は、大福に乗った宇宙人に、カレーにソースを入れる人間はどうかしてるぜ!と言われる夢でした。」

「あ、そう」


カカシは頬をぽりぽりとかいた。
この自己紹介は完璧だ、と言わんばかりですましている九をはかりかねている様子だった。


「じゃ、隣の・・・」


矛先がサスケに向いたので、九は居住まいを崩した。

続いたサスケの話は、空気をズンと重くした。
復讐がどうとか、復興がどうとか。
まるで鮮やかな里の空に、黒い炭を流し込むような話だった。
九の頭の中で、空の青と雲の白と炭の黒がマーブル模様を描き、やがてぐるりと回って写輪眼の模様が浮かび上がった。
前世の記憶を元に思い描いた写輪眼は、妙に生々しくこちらを見下ろしていた。



サクラの1人でも姦しい自己紹介が終わると、明日行われる下忍選抜試験についての説明が始まった。

九の記憶通りなら、試験の内容は鈴取りだ。

上忍の持つ二つの鈴を、我々三人で取り合わなければならない。
これは、あえて仲間割れを起こす状況をつくり、その上で協力し合えるかをどうかを試している。
下忍選抜試験と名打っているが、実際の所は、チームワークの重要性を知らしめるためだけに行われる試験だ。
個人の利益を捨て里の利益を最優先する忍を育てるために、こういった行事を通して、幼い頃から徐々に刷り込んでいくのだ。

里や仲間の価値を。他者の為に生きる意義を。
自己犠牲の尊さを。

時には誰かの死すら、良き手本として。


「おれは真っ平御免だけどね」

「九、なにか言ったか?」

「なにも!なーんにも!」


頭には四代目の顔が浮かんでいた。九はそれを笑って誤魔化した。



「質問がなければ解散!」とのことで、九はサスケとそれを追いかけるサクラを見送ってから、ゆっくりと立ち上がった。


「九、ちょっと時間ある?」


そこへカカシが声をかけてきた。
九は急に気怠くなったが、しっかりとカカシへ向き直ってから、はっきりと答えた。


「ありません」

「いや、ちょっと話たいことがあってだな・・・」

「いやです」

「まぁまぁ、そう言うなって」


カカシはそう言って九の肩に手を乗せた。


「大事な話だ」


真剣な眼差しだった。
声には、彼の精一杯の優しさが乗せられていた。

それで、わかった。
カカシは、己の師の娘(対外的には息子)を案じているのだ。
心無い者たちに酷いことをされ続けているのではないかと、本心から憂えている。

九は一瞬、ほんの一瞬だけ、全身の血液が沸騰するような感覚を味わった。
九をそうさせたのは、燃え上がるような怒りだ。
真っ赤な感情が電気信号となって、シナプスからシナプスへと広がっていった。
しかし、それが九の表面にあらわれることはなかった。
九の内側にある鋼鉄性の膜が押し留めたのだ。
そして、空気を燃焼しきった炎はあっという間に鎮火し、怒りではない何かが死体のように冷たく遺った。

九は、肩にある手をやんわりと払いのけた。


「あなたとは、何も、話す事などないのです」


生きてきた中で、一番柔らかい声が出た。
一番柔らかく、拒絶できた。


辛く陰鬱な日々が、明日も明後日も、その先もずっと続いていくことは分かっている。
心無い者たちは至る所にいるのだ。
例えば、前を通る度に罵声を浴びせる八百屋の店主。
例えば、石を投げつけてくる公園の子供、それを見て笑う母親たち。
彼らはそうして、何気なく暮らしながら、九の何かを削り取っていくのだ。

それでも、誰かに助けを乞い縋ることは絶対にない。

この苦痛を、苦悩を、遣る瀬無さを、一体誰が共有できるだろうか。
一体誰が理解してくれるだろうか。
そんな不可能を夢見る時代はとっくに終わりを告げていた。

だから、傷だらけのまま独りきりで歩いていく。
今までも、これからも、ずっと。


カカシは払われた手で頭を掻いた。
少し息を吐いて、肩を落としている。
しかし、深入りするつもりは無いのだろう。


「まー、でも、生活で何か困ったことがあったら、いつでも相談しなさいネ」


そう言って、笑顔で手を振った。


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