あくる日―――。
忍者登録書に貼付する写真を撮り終えた九は、その足で火影のもとへ向かった。
途中、気まぐれに森へ入れば、何処からか小川のせせらぎが聞こえた。
赤い花が時たま吹く風にそよいでいる。
何の花かは、生憎と知らない。――もし九がくノ一としてアカデミーを卒業していたなら、或いは知っていたのだろうか。
九はふとした思いつきで、その花を踏みしだいた。花の茎はグシャグシャに折れ曲がり、鮮やかだった赤色は砂利にまみれて見る影もない。
九は一瞬、口角を釣り上げ、のんびりと空を見上げた。
今日もまた、忌々しくもよく晴れた空だ。
白い小鳥がチーチーと声を上げ、飛び回っている。
「……江は碧にして鳥は逾よ白く、山は青くして花は然えんと欲す、か」
―――絶句。かつての世では教材に載る程度には有名だ。
彼の詩人も、同じような光景を見ていたのだろうか。
草木の匂いが風に乗ってよりいっそう噎せ返る。
「平和ボケの隠れ里、人を殺めたこともないような無能で溢れかえってる…」
嘆くように呟けば、木々がさわさわとざわめいた。
九はニヤリと笑う。
近い未来訪れる激動など、きっと誰も知らない。世界の先を知っているのはこの自分だけ。
今となっては、それがたまらなく愉快だ。
この里の住人は今日も明日も明後日も、何も知らない笑顔で笑っているのだろう。
「何も知らないって幸せな事だよねぇ」
九はヒョイと木の枝に飛び乗った。人の体重を支えきるには頼りない細枝だ。
突如として予期せぬ重みが加わった枝は、苦しそうにギシギシ鳴いている。
「でもいいんだよ?幸せなんて、そう長くは続かないんだから。皆で今を存分に楽しんだらいいんだ!」
バキン!と、枝が折れた。
九は身軽な体で難なく着地する。
「予期せぬ不幸ってのは、予期し得ないから不幸なんだ。ね?」
落下した枝の下に、鳥の巣と産毛の雛を見つけて、九は笑った。
「どんな不幸だって丸飲みして生きなくちゃ…。今春看す又過、何れの日か是れ帰る年ぞ、……なーんてね」
嘆くように呟いた言葉は、そっと風に溶けていった。
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