「心配するのはテメーのほうだぜッ!この愚図がアア!!」
街中で数人のゴロツキに絡まれていた青年が突然豹変し、声を張り上げた。
昼間から酒を浴びるように飲み、我が物顔で街中を闊歩するゴロツキ達は、住人からは煙たがられていたが、同時に恐れられてもいた。
恐喝、暴行、金品強奪は日常茶飯事。しかも言葉の通じない旅行者ばかりを狙うせいで、もともと有能とは言えない警察は証拠を掴み損ねている。
ゴロツキ達はすっかり調子付いていた。
そんな彼らにとって、小さな旅行鞄を手にした気弱そうな雰囲気の青年は、恰好の獲物だった。
青年の彫りの深い顔つきはこの国のものではない。きっと言葉も通じないだろう。
顔を見合わせていやらしく笑い合ったゴロツキ達は、その青年にワザと肩をぶつけて理不尽ないちゃもんをふっかけた。
まくし立てられた言葉を聞き取れずキョトンとした青年に、ゴロツキ達の笑みが深くなる。
街の住人は、また奴らかと呆れつつも、決して目線を合わせないようにそそくさと通り過ぎた。
「おいおい、ぶつかって謝罪もなしかよぉ〜。そりゃあお前、礼儀に反するぜぇ〜? 」
「え、え?あの、ぼく、よく、わからない。言葉、もっとゆっくり・・・」
「あ"〜〜〜?!だからよォ〜、金だせって言ってんだよォ〜。分かるゥ?moneyだよ!money!!」
「money?」
金、と言われて漸く雲行きがあやしい事に気づいた青年は、口元を引きつらせながら後退る。
「そう、money!!慰謝料ってことだァ!!へへへ、変な顔してねェで金だせよォ!!」
青年の一番近くにいたゴロツキが、青年の襟元を鷲掴んで力任せに絞め上げだ。
「ぐゲ・・・くる、苦し・・・かはッ!!」
青年の喉からはくぐもった音が漏れたが、ゴロツキは気にぜずさらに力を込める。
踵が浮いて、爪先立ちにされた青年は、焦ったように旅行鞄を手放して、襟元を絞めるゴロツキの腕を弱々しく掴んだ。
「おい!今の内に荷物漁れ!」
「へへへ、了解!」
ゴロツキの仲間が青年の鞄を引っ掴み、乱暴にナイフで裂いて中身を道端にぶちまけた。
「ぼく、にもつ・・止め・・ッ、ッ」
「あ〜〜ん?何だってェ?聞こえね〜よォ」
青年は覚えたてと思しき拙い言葉で懇願するが、良心のないゴロツキ達の前ではむしろ逆効果だった。
青年が苦しめば苦しむほど、ゴロツキ達の愉快そうは笑い声が高まった。
「あ"〜〜?つーかよォ、この鞄の中紙ばっかだぜ〜?財布は何処だよ、そいつのポケットに入ってんじゃねェのォ〜?」
「いいや?ポケットには何も入ってねーぜ、よく探せよ!」
「ちゃんと探してんだろォ〜〜。つーかコイツ服すら持ってね〜ぞ!本当に旅行者かよ!?」
青年の鞄の中身は、その殆どが何かの資料のようだった。丁寧にファイリングされたものから、乱雑に書き散らしたメモのようなものまで様々だったが、ゴロツキ達には何が書かれているのかさっぱりわからない。
「なんだこりゃ〜?この文字、アルファベットと漢字と・・なんか変な文字が混ざってるぜ〜?何語だこりゃ?」
「ただの落書きじゃねーの?それより財布だ財布!」
ゴロツキ達は人目も憚らず、ガサガサと荷物を漁る。
青年は拘束から逃れようと身体を捩るが、丸太のようなゴロツキの腕にはとても敵いそうにない。それをいいことに、ゴロツキ達は折角綺麗にファイリングされている資料をワザとグチャグチャにしながら財布を探した。
「お!これ金じゃねぇか?」
ゴロツキの1人が茶色い封筒を顔の高さに拾い上げだ。紙幣を入れるのにピッタリな大きさの封筒だ。
「財布じゃなくて封筒に入れてんのかよ〜〜。もしかして給料袋って奴かァ〜?」
ゴロツキ達は下品な笑い声を上げ、封筒の口を広げる。
「そ、れはダメだ・・・ダメ・・・!!」
ゴロツキ達の手にある封筒を見た途端、青年の瞳に一般人のものとは思えないほどの苛烈な色が差した。
「あぎぎイイィィィぃい痛、い、い"だい"イィィィ!!ッ、ッなんだよこれはァァ〜〜?!!」
「な、なんだよォ!どうしたんだァ!?」
つんざくような仲間の悲鳴に、封筒に気を取られていたゴロツキ達は驚いて飛び上がった。
悲鳴が上がった方を見やれば、青年を締め上げていたはずの仲間の腕が奇妙な形にひしゃげている光景が飛び込んできた。
「・・・は?・・・な、なんだよその腕・・・?」
彼らは暫し茫然とした。
両腕の骨が折り畳むように何箇所も折られているのだと、理解するのに十数秒も必要とした。
「お、おい、テメエ何しやがった?!俺のダチに何やしがったんだよォォォ!!?」
最初に我に返ったゴロツキが、解放された青年に向かって唾を飛ばしながら叫ぶ。
「あーあ、襟がのびちゃったよ。これ、ボスの金で買った服なのに」
しかし青年は激昂するゴロツキには目もくれず、よれた襟を直そうと必死に撫でつけていた。
「おいィ!!服の心配なんざしてる場合じゃね〜〜ぞォォォ!!?テメエの身の心配をしやがれ!!! 」
ゴロツキの1人が拳を振り上げながらもう片方の手で青年の肩を掴む。
怒りと混乱で自制のきかなくなったゴロツキの拳には、バタフライナイフが握られていた。
「ヤベェ!リーが切れた!!」
それを見た仲間の1人が叫ぶ。こんな往来で殺傷沙汰を起こしては、警察の追及は免れないと心配しての叫びだった。
しかし、それは杞憂に終わる。
青年は首目掛けて降り降ろされる腕を身体を半身に逸らすことで避け、襲ってきたゴロツキが腕の勢いにつられて前かがみになった所で、顔を潰すような膝蹴りを喰らわせた。
「喧しいんだよさっきからよォ!!心配するのはテメーの方だぜッ!この愚図がアア!!」
「ヒィッ!なんだコイツ・・・!」
青年の凄まじい豹変に、ゴロツキ達は慄いた。
全く別人のような目付きでこちらを睨めつける青年は、先ほどまでの気弱な人物像とかけ離れている。
「いつもこんな奴が寄ってくる。こんな愚図ばかり!」
苛々と爪を噛みながら呟く青年の声には、内に秘められたおどろおどろしい本性が見え隠れしていた。
靴底を響かせて歩み寄る青年にすっかり気圧されてしまったゴロツキ達は、逃げることも忘れてその場に立ち竦む。
「この世は愚図ばかりなのかァ?おいどうなんだよォ?!!」
青年は一番近くにいたゴロツキの首に腕を回し、後頭部を鷲掴んで引き寄せる。
「なんで見ようとするんだよ?見なくてもいいものを、なんで見ようと寄ってくるんだよッ!」
青年は激しく怒りながら、滑らかな動きでゴロツキの目に指を差し込んだ。
弾力のある眼球は潰れることなく指の侵入を許す。
「な、なんだ・・?眼が変だ・・・何してんだコイツぅぅ・・・!おい、誰か助けろよ!!」
眼に指を突っ込まれているゴロツキは自分の身に起きていることが理解出来ず、仲間に助けを求めた。
しかし、青年の異常性を目の当たりにしている仲間たちは、ジリジリと後退していく。
ゴロツキの目は、裏側にまわった青年の指に押し出されて半分以上が飛び出し、異様な光景を作っていた。
「見なくてもいいものを見た奴は!この世に存在してはならねーんだぜッ!!」
「ひえッ」
ゴロツキの目の奥で、ブツっと何かが切れる音がした。
「み、見えねえ・・・右の視界が急に暗くなった・・ 」
視力を奪われたゴロツキは酷く情けない声を出した。
青年はそんなゴロツキを、興味が失せたように突き放す。
解放されたゴロツキはわけも分からず自分の顔を触った。右目があるはずの場所がやけに窪んでいる。
ゴロツキの脳裏を嫌な想像が過った。
「お前、何持ってやがる・・・?」
ゴロツキは青年に、掠れてガラガラになった声をかけた。
青年の掌には、丸いものが乗せられている。
目玉だ。
抉り取られたばかりのまだ温もりを残す目玉は、持ち主を見ていた。
「う、うわァァァァァ!!そそそそりゃーまさかッ!俺の目かアァァァ?!!」
「コイツぅぅ!!信じられねェ!!チャンの右目を抉りやがったッ!!」
ゴロツキ達は弾かれたように背中を向けて走り出す。
青年は黙ってそれを見逃した。
「全く・・・イライラするなぁ。ぼくは目立つなって言われてるのに」
ポツリと呟いて、掌に残った目玉をぐにぐにと弄ぶ。涙液が乾いてきたのか、指先にペタペタと張り付きだした。
ゴロツキの目玉は、この国でよく見かける焦げ茶色の瞳をしていた。
「ぼくは昔から丸いものが好きなんだ・・・これで気持ちを落ち着けようかな」
青年は目玉を摘まんで自身の顔の前に持ってくると、そのままパクリと口に含んだ。
生臭い生き物の味がするそれを、形を確認するように口の中でコロコロと転がすと妙な満足感を得られた。
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