「私、皆さんの担当上忍です。よろしくお願いします」
 そう言ってルエは酷い猫背な背中をさらに折り曲げて、慣れない様子で頭を下げた。
「はい、よろしくお願いします」
 それに倣って軽く頭を下げたのは、意外なことに一番社交性のないニアだった。というのも、メロとマットはルエにドン引きしていてそれどころではなかったためだ。ニアの無関心とも呼べる社交性のなさは、たまに役立つことがあるようだ。
「とりあえず好きなところに座ってください」
 ルエは三人の顔を新聞を斜め読みするように適当に眺めてから、机が並んでいる方を一瞥し、自身は教卓の上に飛び乗った。
 指示された三人はそれぞれ微妙な顔をしながらのろのろと動く。
 警戒心と不信感丸出しのメロは、自分の気持ちに正直なまま入り口の側の机に寄りかる。この金髪碧眼は、何かあればさっさとここを脱出する心算でいるようだ。
 そんなメロの思惑を感じ取ったマットは、ちゃっかりとメロの隣に座った。マットが座った場所はお行儀の悪いことに机の上だったが、今は特に問題ないだろう。何故なら、ルエの土足が率先して教卓を汚しているからだ。
 一方のニアは自分の毛先を指で摘みながら、ちょこんと床に座り片膝を立てた。この座り方がニアにとってはデフォなのだが、アカデミーの椅子は両足をきちんと下に下ろす座り方しか想定していない構造のため居心地が悪い。好きな所に座って良いということなので、本当に好きな所に座った結果だ。
「ではまず自己紹介をしましょう。貴方からお願いします」
 ルエはニアたちがそれぞれの場所に座ったことをギョロついた眼で確認すると、棒切れのような指でメロをさした。
「……春三会ケイルだ」
「はいありがとうございます。では次」
「…羽紫羽綾丞」
「はいありがとうございます。では次」
「春野クモリです」
「はいありがとうございます。漸く皆さんの顔と名前が一致しました。自己紹介はこんなものでいいでしょう。後は各自で適当に親交を深めて下さい」
 ルエは適当な態度で適当に言い、神経質そうに爪を噛んだ。
 この上忍にとって自己紹介とは顔と名前を一致させるためだけの行為であり、それ以上のことは興味すら持てないらしい。そう感じ取ったメロたちは、各々呆れたような不安なようなどうでも良いような顔を浮かべた。
 しかし、これから自分の部下になる子供たちに対してほとんど無関心というのは、上忍師としていささか問題ではないだろうか。
「自己紹介ってこんなんだっけ?つーか、あれが上忍師で俺たち大丈夫なわけ?」
 不安な表情を浮かべるマットがメロに囁いた。マットは家系的に幼い頃から忍の道の険しさを目の当たりにしてきたため、この上忍師の下で任務に従事することに不安を感じずにはいられない。
「……さぁな。知るか」
 メロは呆れきった態度で鼻を鳴らすと、付き合っていられないとばかりに出口へ足を伸ばした。ただでさえニアと同じ空間にいるだけで沸々と沸き起こる不快感を拭いきれずにいるのに、そこにとどめを刺すようなあの上忍の態度は切れやすいメロの神経をじりじりと焼き切ろうとしている。なのでここから出て行くことは、一応自分が短気であると自覚しているメロのぷっつん回避行動だ。
「って、どこ行くんだよ」
 慌てたマットが問いかけると、メロは少し振り返り淡々と告げる。
「後は試験の連絡だけだろうからな、帰る。マット、お前は俺の代わりに話し聞いとけ」
「え、マジかよ…」
 スライド式のドアがメロの背中を完全に隠したことで、自分がこの場に取り残されたことに気づいたマットは、一抹の不安を感じてがっくりと肩を落とした。
「…どこで試験のことを聞いたのですか?」
 メロの堂々とした無断早退を咎めもせずに見送ったルエが、ボサボサの頭を小鳥のように傾げながら誰にでもなく尋ねる。
「…………」
 それをニアはポケットに入っていたサイコロを一つ一つ積み上げるという行為で黙殺した。そうすると、当然のようにマットにお鉢が回る。マットは嫌々ながらルエの相手をすることになった。
「いや、聞いたっつーか……中忍選抜試験があるんだから下忍選抜試験もあるだろうなって予測を立てることは難しいことじゃ無いですし…。それに毎年アカデミーから輩出される下忍が卒業生全体の3割前後しかないってことは、卒業試験の他にも篩いが用意されてるってことの裏づけとしては十分でしょ。でなけりゃ卒業試験にあんな基礎中の基礎な課題を出すのはおかしいし…」
「はい正解です。すごいですね、正直とても驚きました」
 マットの説明を聞いて、ルエはやや眼を見開きながらやる気の無い拍手でマットを褒めた。ルエの拍手は指先同士をぶつけるだけでパチパチと鳴るはずの音すら鳴らなかったが、褒めているのも驚いているのも本心のようだった。
「過去にそこまでちゃんと推測した子はいませんでしたから。入室時の行動といい、あなた方は見込みがありそうで良かったです」
 ルエが少し笑う。とって付けたような口端を吊り上げるだけの笑みだったが、多少なりとも彼のお眼鏡に適ったということの証なのだろう。
「つまり、そのマネキンと貴方が教卓の下に隠れていたことは我々を試す一種のテストだったのですね?」
 ニアが顔を上げた。サイコロに夢中と見せかけて、実は話をしっかりと聞いていたらしいニアは、サイコロを積み上げていた手でマネキンを指し示しながらルエの返事を待つ。
「はい。もし皆さんがマネキンに気づかず、また、マネキンに気づいても何の警戒心も抱かずこの部屋にずかずか入ってくるようなら、問答無用で不合格でした。つまり選抜試験をする価値は無いということです」
「なるほど。まぁ同感です」
「うわ、俺危なかった…」
 二人の淡々とした会話を聞いていたマットはホッと息をついた。同じ班のメンバーがメロとニアで無かったなら、マットは今頃屈辱を味わっていたに違いない。試験する価値も無いとばっさり切り捨てられる自分を想像して、マットの口からは乾いた笑い声が漏れた。
 
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