「こんにちは。お久しぶりです」

と言った瞬間、思い切り殴られた事を、今、唐突に思い出した。





 アカデミーを卒業した新米下忍は、教員が勝手に割り振ったメンバーでスリーマンセルを組まなければならないそうだ。
今は一班から順々に名前を呼ばれている最中である。
 教員は、班は力のバランスが均等になるように決めたと言っていたが、呼ばれる名前を聞く限りでは、そう単純な振り分けではないだろう。
察するに、個々の能力や性質、性格や相性等を十分に鑑みた上で決められた班のようである。
「次、最後の班だな」
名簿を眺めつつ教員がそう呟いた瞬間、私にとっては懐かしくも見慣れない金色の頭がピクリと動いた。
 彼は晴三会 ケイルという私の同級生だ。
彼と私の付き合いはそれなりに長い。前世と呼ばれる頃から、彼は常に私の横に並び、同じ目標をめざしていた。
私にとっては良きライバルであったと思う。
 私はそんな彼を、敬意と親しみを込めて『メロ』と呼んでいる。

 私はメロの動向をつぶさに観察した。私の席からはメロの姿がよく見える。
思えば前世今生を合わせても、こうしてメロの姿を実際に見つめたことはなかった。それは、メロは私と並び立っているという思いが、メロを直視することを躊躇わせたからだ。
 直視してしまえば、メロが私とは違う人間であること、私たちは同じ目標を目指すだけの他人であることを思い知っただろう。
 私はそれが嫌だった。今となっては幼稚でバカらしく、とても愚かな考えであるが、当時の私はメロに私と同じであることを求めていたのだ。
私はメロを自分の分身のような存在として扱うことで、消費しきれない孤独を紛らわせていたかった。
 私の黒歴史というやつだ。

 メロの隣に座っている赤毛の少年が、メロの横顔を盗み見た。この少年も私の前世からの知人だ。羽紫羽 綾丞という名ではあるが、私は前世に倣い彼を『マット』と呼ぶことにしている。
 マットはメロから不穏な何かを感じ取ったらしく、そっと静かに席を離した。
触らぬ神に祟りなしという精神のマットだ。これから起こることを予測し、予め避難する道を選んだのだろう。
「13班は晴三会ケイル、羽紫羽綾丞、春野クモリだ!」
「ふざけるなッ!!!」
 その発表を聞いたメロは、間髪いれず机に拳を叩きつけながら叫んだ。
その怒声に、流石の教員も驚きたじろぐ。
「ど、どうしたんだケイル」
 私の位置からメロの顔は見えないが、相当な剣幕で教員を睨み付けているようだ。
メロは徐に立ち上がると凄まじい形相で私を一瞥し、教員へ向き直った。
「どうしたもこうしたもない…!この俺が、あのニアと同じ班だと…?ふざけるな!!」
 メロはそう言いながら再び机を殴り付ける。なんとも鈍い音がメロの怒声と混じり、偶然メロの側に座ってしまった可哀想な女生徒に短い悲鳴を上げさせる。
机を殴った拳からは血が滲み、机の上に零れているようだ。さぞかし痛むだろう。
 だが、メロにとっては拳の痛みよりも教員へ抗議を申し立てることの方が重要であるようだ。
 私には理解できない感情だ。
「何が力のバランスが均等になるようにだ!本気でそう考えたのなら俺とニアが同じ班になるわけないだろ!今すぐ班を分け直せ!」
「いや、これはもう決定事項でだな…というかニアって誰だ…」
「こいつだ…!!」
 メロは視線を寄越すことなく私に指先を向ける。それにつられた教員とその他の生徒たちの視線が、私へと一斉に注がれた。
「あ、ああ…クモリのことか…。何だお前ら、そんなに仲悪かったのか?」
 教員は私を見ながら顔をひきつらせた。そしてひきつった顔を何とか真顔に戻そうと表情筋を歪ませる。
 私は教師ウケというものが余りよろしくない。
私の深い探求心が災いして、教員を質問攻めで困らせる質の悪い子供という認識を植え付けてしまったからだ。
「…どうなんだ、クモリ」
 教員は奇妙な顔つきのまま、興奮しているメロを一先ず保留して、私に回答を求めた。
 私は答えに窮する。
私とメロの仲は、果たして悪いと言えるのだろうか。
少なくとも、私はメロが嫌いではない。
「見苦しいですよ、メロ。もう決まったことです。諦めてください」
 私は教員の問いを無視することに決め、代わりにメロをたしなめた。 
 抑揚の無い私の声は時として相手の神経を逆なでるようだが、そんなこと、私の知ったことではない。
いちいちメロの反応を窺いながら発言するのは馬鹿らしい。メロもそんな私がいたら気味悪がるだろう。

 メロはゆっくりと私を見る。
忌々しげに細められる瞳からは、嫉妬や劣等感といった苛烈な情が伺える。
私は、そんなつまらないものに捕らわれているメロをとても残念に感じる。
メロにはメロの長所と言うものがある。私では及ばないものをたくさん持っている。
それに気づかないメロが、私を酷く歯痒くさせるのだ。
「……俺はもう、お前のパズルを解くための道具にはならない」
「そうですか」
「姑息なお前の策に乗ってやるつもりもない」
「そうですか」
「お前とチームメートなんて御免だ」
「そうですか」
「お前はそうですか以外言えないのか!?」
「そんなわけないでしょう」
「このっ………」
 私の態度に我慢できなくなったらしいメロは、足音を鳴らして私の側へとやって来た。
 私は一番通路側の席に座っていたので、メロは私の真横に立ち、高い位置から私を見下ろす。

 教員はメロと私のやり取りをハラハラとした表情で見ている。止めには入らないのかと少し呆れた。
「何の用ですか、メロ」
「あの時、殺さないまでもやはりお前を撃つべきだったと後悔してる」
「あの時?…ああ、あの時。……、競争は私の勝ちでしたね。あなたは結局辿り着けなかった」
「…お前はいちいち、癪に障ることばかり…!」
 メロは私の襟を鷲掴み、腕の力だけで私の体を椅子から浮かせた。
「ッ、苦しい、ですよ。私は、あなた相手に遠慮はしません」
 周りの生徒が息を飲む。
メロが私を殴ったことは、教員には伏せたものの、同級生の間では割りと有名だった。
 メロが私の顔面を思い切り殴ったのは、白昼の教室での事だった。もう数年前の話になる。
私もまさか殴られるとは思わず、真正面からモロに喰らってしまった。
子供と言えど忍の卵だ。私の鼻の骨を折る程度の威力は十分にあった。
メロにとっても、あれは脊髄反射レベルの突発的な行動だったのだろう。殴った瞬間目を丸く見開いていた。
私がそんなメロの横っ面に、踵の一撃をお見舞いし、頬骨にヒビを入れたことは言うまでもない。 
マットが止めに入らなければ、お互いあの程度の怪我では済まなかっただろう。
 周りの生徒は、また私とメロが暴力沙汰に出るのではないかと怯えや好奇心を滲ませている。だが我々は教員の前で殴り合いを演じるほど愚かではない。
 メロは小さく舌打ちをして私の襟から手を離した。
「納得はできないが、仕方ないから俺が折れてやる」
 嫌々ながら諦めの表情を浮かべるメロが、ポツリと呟く。
 メロは激情型だが、引き際はあっさりとしている。一介のアカデミー生が教員に楯突いたところで、班の再振り分けが行われるとはメロも思っていなかったのだろう。
 これはメロが彼なりに私を受け入れるためのパフォーマンスだ。
「はいそうですね」
「お前ワガママばっか言ってんじゃねーぞ!」
「………?」
「………?」
 威勢の良い声とともにガタンと激しく席を立つ音がし、私とメロは自然と同じ方向に顔を向けた。
 見れば、険しい表情でメロを指差す生徒が仁王立ちしている。うずまきナルトだ。
 私はこの少年と言葉を交わしたことはない。
メロにとっても親しい友人というわけではないようだ。羽虫でも見るかのような目で、突然わいて出たうずまきナルトを眺めている。 
「こう空気の読めない人間は、将来大物になるか馬鹿のままかのどちらかでしょうね」
「ああ…」
「今私、松田さんを思い出しました」
「あの無能な男か…」
 私は前を向き、机に肘をついて掌に頬を預けた。メロも黙ってマットの隣へと戻って行く。
「んなッ!無視すんなコラーー!!俺だってサスケと同じ班になっちまって我慢してんだぞ!」
「…………」
「だから無視すんなっつーの!何とか言えーー!!」
「…………」
 メロが席に着くと、マットは皮膚が裂けているメロの手を指で示して呆れ顔を見せた。
 メロは不機嫌そうに頬杖をつき、何も書かれていない黒板を睨み付ける。傷の手当ても、うずまきナルトの相手もしないことに決めたようだ。
「おいこらケイル!聞いてんのか!?」
「ナルトうっさい!」
「痛ッ!え、えーーーー…」
 うずまきナルトは隣に居たサクラに平手打ちされ大人しくなった。

 
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