天井が豪華な屋敷だと思った。
赤と金でけばけばしい、質素な白壁には不釣り合いな天井だ。
天井の中央では二匹の金色の龍が、翡翠の宝玉をめぐって熱心にいがみ合っている。
「あの天井、売ったらどのくらいになるかな?」
俺の隣で暇を持て余し始めた梔子が、ぼんやりと呟く。
「さぁな」
梔子と同じく暇を持て余した俺の口からは、驚くほど気の抜けた声が出た。
俺たちは今、任務の真っ最中だった。
暗殺者に狙われている富豪の護衛任務。富豪の自宅から安全な木の葉の里まで護送中だ。
場合によっては危険な任務だ。だらし無く気を抜いている場合じゃない。
しかし、己にも梔子にも喝を入れてやる気はおこらなかった。
あるトラブルによって、ここに一週間も足止めされているからだ。
気が萎えるのもしかたがない。
そして参ったことに、そのトラブルの詳細を俺たち下っ端護衛はよく知らない。富豪が黙秘しているのだ。
そのことに梔子は酷く不満を抱いていた。気持ちは分からないでもない。
勿論、班長であるダイコク先生は詳細を知っている。
そしてここに留まることを容認しているのだから、相応の訳があるのだろう。俺たちが口を出すべきことではない。
「俺たちはいつまで缶詰にされるんだろう。こうも事態の停滞が続くと不安だよ。実は既に敵の術中にハマってるんじゃないのか?」
だのに、俺の弟分はこんな事を言った。ぼんやりしているようで、瞳の奥には言葉にしにくい光が点っている。
俺はため息を飲み込んで、奴の頭を掌で二度程叩いた。
「先生が問題なしとしているんだ。何を怖れる必要がある」
「生憎と、俺は何もかもが怖ろしいと感じる人間でね」
返答は、子供の口から飛び出す類とは思えないほど皮肉に満ち満ちていた。
しかしいつものことだ。もはや班の誰もが驚きはしない。
「それは下らぬ杞憂だ。これまでにダイコク先生が間違ったことがあったか?」
そう言ってやると梔子は黙った。
表情は変わらず、ぼんやりとしている。瞳の奥の光は消えないままだ。
俺は今度こそため息をはいた。
「本気で、既に敵が潜り込んでると思っているのか?」
俺の問いに対し、梔子は微かに頷いた。
梔子は自分で称する通りの臆病だ。
よく言えば慎重。ありとあらゆる最悪のシナリオを想定し、対策を講じなければ自宅の玄関を抜けることも難しい。そんな性格だ。
そんなことではこの先さらに苦労すると思う。
「いいか、梔子。暗殺というものは、準備は指先が擦り切れて骨が見える程念入りに行うが、実行する際は大豆を箸でつまむようにやっていては駄目なんだ」
「そうか」
興味が無いことを如実に表す短い返事だ。
だが俺は気にせず話を続けた。
「時間が経つほど不利になるのは敵方だ。暗殺において無意味な時間の浪費はあり得ない。敵が潜っていれば既に富豪は殺され、直ちにダイコク先生の知る所となっているだろう」
この臆病さえなければ、梔子はきっと良い忍になるのだ。
俺はそれをどうにかしてやりたい。そう思って言った台詞だったが、梔子は腑に落ちなそう顔でぼそりとつぶやい。
「暗殺が目的ならばそうだとも。けれど」
梔子はそこで言葉を区切り、天井を仰いだ。
黄金の龍達が奪い合っている翡翠の宝玉は、妖しくも美しい輝きを放っている。
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