Buonasera! | ナノ


▼ 07

「……これ、何だろう……、」




昼食のあと、私は一人で図書室に来ていた。
”図書室”といっても、そこらへんの学校にあるものの比じゃなく、広いホールに本棚がたくさんあり、建物の三階建てほどの高さがあるんじゃないかというくらいの壁にも天井から床までビッシリと本で埋め尽くされている。

上のほうはどうやって本を取るんだろうと思ったけど、あちこちにローラー付きの梯子が見えたので解決した。


どうして私がここにいるのか。
たまたま教室に残っていた私に何冊かの分厚い本を渡してきたのは担任だった。
そしてその本を返してくるついでに、”お前今日から図書委員頼むね”とか言われてしまったからだ。

へー、こんな普通じゃない学校にも委員会とかあるんだ、なんて妙なところで感心した私は、本を受け取って晴れて図書委員の仲間入りになったわけである。
しまった、流されて受け取ってしまったわ。
ちくしょう、この手が憎い!!




この図書室にある本には全て番号がふってあり、その番号に従って本棚に返していく決まりがある。
これだけの量があるから、片付けが徹底されるのも頷ける。
ちなみに、面倒だからってテキトーな場所に本を入れると、その本は本棚から吐き出される仕組みになっているらしい。

……ちょっと見てみたい気もするが。

私が持っている本は全て上の方に片付けるものだった。
うへー、と思いながらも私は目の前の梯子に足をかけた。
片手で本を抱えながら梯子を登る。
なんてハードな作業なんだ。


番号の場所まで何とか登った。
ホールの本棚なんて軽く超えてしまった高さだ。
えーっと、この本は……ここか。
これは、………あれ、どこだ?
あ、あっちか!!

共通しているのは”上の段に返す”ということだけで、場所はバラバラだった。
梯子にはローラーが付いているので降りる必要はないが、まぁ面倒なことに変わりはない。



やっと最後の一冊ー!!と思ってその場所にいく。
その本をいれる場所であろうところに目を向けると、すでに”何か”があった。
ピンポン玉くらいの大きさの球体。
何だろうと思って手に取ってみる。


ガラス玉だった。
紫がかった紺色のモヤみたいなものと一緒にラメのようにキラキラしたものがそのガラス玉の中で動いている。
例えるなら、宇宙空間を閉じ込めたイメージ。
とっても、綺麗……。


そのガラス玉に気を取られ過ぎていたのかもしれない。
脇に挟んでいた分厚い本がスルッとすり抜けるのがわかった。
あっ、と思って顔をそちらに動かすが、時すでに遅し。

そして、咄嗟のことに自分が今いる場所がどこなのかということも忘れていた。
勢いよく顔を下に向けたせいで、梯子にかけていた足がはずれる。
ここはほとんど天井に近く、三階建てくらいの高さがある。
ここから落ちたら一溜まりもない。

みっともなく手をバタつかせて梯子に再度捕まろうと手を伸ばすが、虚しくも空を掴んだだけ。
背筋がスーッと冷えるのと同時に、私の視界に入る景色が物凄いスピードで駆け抜けていった。






「……っ、痛……、くない……?」


ゆっくりと目を開けると、床が目に入った。
さっきまで床から随分離れた場所にいたため、落ちたという現実はすぐに受け止められた。
でも、あんなに高い位置から落ちたのに痛みを全く感じない。
もしかして私のバリアーの能力が発動したのかな。

ふと、疑問を感じた。
私の能力はバリアーで相手の攻撃を防ぐこと。
実際開花したあとは何度かそのバリアーが発動して助かったことがあるから間違いはないだろう。
ただ、この前はどうだ?
森で白道の練習をしていたとき、私は鋭い殺気とともに首を斬りつけられた。
あのときは能力は全く発動しなかった。
開花したばかりで、まだ発動するのが不安定というのもある。

もしくは、そのときの攻撃は殺気は凄かったにしても、攻撃自体はそんなに威力のあるものじゃなかったから発動しなかった、とか。

無意識に発動しているから、そこらへんの理解ができない。

そして極めつけは今。
今のなんてただの事故だ。
攻撃どころか殺気すらない。
なのに何故発動した……?


「……あ、本!!」


うーん、まぁいいや!!
こんなこと気にしてても仕方ない、結果的に傷もなく助かったんだから良しとしよう。
落ちたときも何故か握っていたままのガラス玉をとりあえずポケットにしまい、私は床に手をついて落ちたはずの本を探した。

……あれ、本がない。
おかしいな、ここらへんに落としたはずなのに。




「”本”っていうのはコレのことかな?」


四つん這いの体勢のまま顔だけを上に向けると、本を持ってニコニコしている緑髪の人。
えーっと、確か……。


「あーっ、あのときにあった……”荒巻”くんだっけ?」

「”新井”だよ、落下娘」


落下娘!!??


「あ、ありがとう……拾ってくれたんだ」

「……拾った?」


その瞬間、空気が凍るのを感じた。


「勉強しようと思ってこの図書室にきて本を探してたら、いきなり頭のてっぺんに本が落ちてきたんだよね。しかも本の角だよ当たったの。こーんなに分厚い本の角が当たって痛くないはずがないよね?下手したら気絶してるよ?しかも落とした張本人はあんな高さから落下したにもかかわらず無傷だし?何で俺のほうが痛い目にあってるわけ?俺のこと馬鹿にしてるの?ん?」


あわわわこの人ヤバイ超怖い!!
笑顔で全部言いきったよ、しかも目が全く笑ってないィィィィ!!
私は慌てて立とうとしたが、足がすくみ尻餅をついてしまった。


「ごっ、……ごごごごご!!」

「何それ効果音?」

「ごごごめん……、なさい!!わ、わざとじゃ……、ないん、です……!!」

「もしわざとだったら、もう二度と口聞けなくなるところだよ」


その言葉と同時に、私の首にヒヤリとしたものが当てられた。
ゾクリとしながらも目でソレを追ってみると、それはそれは大きい……大鎌。
こっ、この人死神かァァァ!?
制服は黒いし、これで黒いマントとフードかぶったらまんま死神にしか見えないんですけど!!


「んー、死神かー、まぁ悪くはないかもね。俺が直々に狩ってあげようか、魂?」

「いいいいいです遠慮しますゥゥゥ!!」


そうだ、この人の能力は人の心を読めるんだった!!
今の全部筒抜けじゃねーか!!
あ、あれ?
能力は……まぁいわゆる読心術、だよね。


「……何で大鎌持ってる、の?」







「あ、これ?俺の武器だよー」

「……え、でも新井くんは読心術が能力って前に……」

「芹菜チャン知らないの?人によっては能力と武器のどっちも使える人がいるんだよ」


あー、そういえば前に時雨さんがそんなこといってたような。
…………。


「……何で名前呼び?」

「質問攻めだね芹菜チャン」

「また呼んだ!!何で!?」

「人を呼ぶのに名前で呼んだらいけないの?」

「い、いや別にいけなくは、ないけど」

「ならいいじゃん」


新井くんはさっきと違って機嫌がいいのか、楽しそうにニコニコしている。
何がそんなに楽しいのか!!


「あ、そうだ。ねぇ新井くん、これ知ってる?」


さっきポケットに入れたキラキラした球体を出して新井くんに見せる。
それを見たとき、新井くんの目が見開かれた。
そして口元を緩めて、クスッと笑う。


「……凄いね、もう見つけたんだ」

「え……?」

「おめでとう」

「……ん?何……?」

「それ、見つけたなら校長に見せに行くのが規則だよ」

「校長?」

「この学校の創設者のこと。……じゃ、俺は本探してる途中だからまたね」


そういうと、持っていた大鎌が煙のようにして消え、新井くんは私を通り過ぎていった。
え、今のどうやってやったの!?





新井くんに言われたとおり、私は校長室に来ていた。
私の2倍の高さはある大きな木の扉には、ライオン型のドアノッカーが取り付けられている。
校長室っていうか、もうどっかのお屋敷の入口じゃね!?

コンコン


「……失礼、します」


キィ……、という音とともにゆっくりと扉が開いた。
壁には天井まで届くほどの本棚があり、図書室と同じようにビッシリと本で埋まっている。
天井はドーム型になっていて、大きなシャンデリアが2つ吊り下がっていた。

奥の右手に階段があり、その階段の先には扉がひとつ。
多分、校長先生の寝室……かな。
床が木でできているため、歩くたびにギシギシと音が鳴るが、それがかえってここの雰囲気にあっている気がして私は好感を持った。

……なんか、ちょっと時代を感じる不思議な空間。


「何用かな、お嬢さん」


突然、寝室の扉が開いて中から真っ白な髭をはやした、優しそうなおじいさんが現れた。
最初の集会のときは遠くて顔とかあんまり見えなかったけど、ここにいるってことはこの人が校長先生、だよね。


「ぁ、わ、私っ藍咲芹菜と、いいます!!えと、あのっ、見せたいものがあって、せ、せせ先輩?に言われたんですけど……っ」

「ほほ……、そう慌てずとも良い。そこのソファーに座りなさい。今お茶を出すとしよう」

「あ、ありがとうございます、おおお構いなく……!!」


ひぃぃぃぃやっぱり優しそうでもオーラがあるよ!!
カミカミじゃねーか私!!







「それで、見せたいものとは何かの?」


ソファーに座り、簡単な自己紹介を済ませ、校長先生が淹れてくれたレモンティーを一口頂いた。
紅茶の甘い香りとレモンの酸味がいっぱいに広がり、身体の芯からじわりと温まる。
自然と口元が緩んで、さっきよりも落ち着いてきた。


「……これ、なんですけど」


ポケットから出したキラキラした球体をテーブルに置く。


「……ほぅ、君は確か、新入生だったかな」

「は、はい、そうです」

「ふむ……、入学してから2週間も経たないうちにこれを見つけるとは……。幸運……いや、素質があるのかの」


球体と私を見比べながら納得する校長先生。
新井くんもおめでとうとか言ってたけど、どういう意味なのかな。


「ちょっと待っていなさい」


そういうと校長先生は立ち上がり、もうひとつの机……多分仕事をするためのかな……から何かを取り出した。


「これを君にあげよう」


渡されたのはこの学校の校章が刻まれた小さめの木箱。


「この箱にその星屑石(スターダストストーン)をしまっておくとよい」

「……星屑石(スターダストストーン)?」

「この球体のことじゃ。名前は長いが、”石(ストーン)”と言えば通じる」



私は木箱を受け取り、その球体を箱の中にしまった。


「……えっと、この星屑石って、見つけるといいことがあるんですか?先輩に見せたら、おめでとうって言われて……」

「うむ。これはな、見つけた者の能力や戦闘力を上げるためのものじゃよ。それと同時にランクも1つ上がる」

「へー、能力とランクが…………ッん!?」

「ほほ、なかなかいい驚きっぷりよのー」


いやあ校長先生!!
そんな呑気に笑ってる場合じゃないですよ!!
今さらっと凄いこといったよ!?


「ら、ランクが上がるってことは……?」

「新入生の最初のランクは星ナシ。じゃが君の場合は見事、星屑石を見つけたことから今日から1ランク上の”一ツ星”に昇格じゃ。おめでとう」


まじか。
そんな、図書室で本片付けてたらたまたま見つけちゃったーって感じなんだけどそれでいいのか!?


「星屑石はそう容易く見つけることはできない。素質のある者、上を目指す者、そういった者のところにしか現れない」


……容易く見つけてしまった場合、どうしたらいいんでしょうか……!!
い、いたたまれない!!


「入学して間もない新入生では、まだ自分の能力を把握しきれていないじゃろう。今回能力が上がったぶん、しっかり理解しておきなさい」

「は、はい!!……あ、あの、具体的にはどんな感じで能力が上がってるってわかるんでしょう?」



武器とか、時雨さんみたいに水を使う能力とかの人なら、技が出せるようになったとか確認の仕方はあると思うけど……私のはそういうのじゃないし……。



「……君の能力は何だね?」

「……多分、自分の周りにバリアーを張って攻撃を防ぐこと、です」

「………………、バリアー……」



……ん?
な、何だろう、今の間は。


「いや、何でもない。そうか……言い方の問題だが、バリアーというよりシールドと呼んだほうがいいかもしれんの」

「あ、わかりました」

「それで、星屑石を見つける前と後で、変わったことはあるかの?」


私はきょとんとした。
変わったこと……、あ、そういえば。
森で体力テストの授業のとき、翔音様に攻撃されたときはシールドが発動した。

だがこの前白道の練習をしていたときの翔音様の攻撃では、1回目は発動したが、2回目は発動しなかった。

そして今日、あんなに高い梯子から落ちたにも関わらず、怪我どころか痛みも全く感じなかった。
星屑石を見つける前はまだ能力が不安定だから発動したりしなかったりとムラがあるが、攻撃を防ぐ能力だと思っていた。
でもそれだと今日の出来事と辻褄が合わない。

だって今日のは攻撃でも何でもない、ただの私の不注意だから。








「ふむ……、今の話を総合してみると、どうやら攻撃を防ぐだけではなさそうじゃ」

「そ、そう、ですね……」

「おそらく打撃、斬撃、銃撃などの物理攻撃や能力による攻撃……能力によっては効いてしまうかもしれぬが……、あとは突発的に起きた衝撃、それに伴う痛みなど、怪我に繋がるあらゆるものの衝撃を遮断する……といったところかの」


う、うーん、何かよくわからないけど、取りあえず攻撃を受けても全く怪我をしないってこと、だよね。


「君の話の通り、星屑石を手にした瞬間、本来の能力が発動して落ちた衝撃から身を守ってくれたのだろう」


な、なるほど……。
そういえば星屑石を見つける前に、足とか首を怪我したときすぐに治ったみたいだけど……、本来なら怪我しないで済むはずだったから、治りも早かったってこと、なのかな。


……私凄くね!!??
凄すぎて実感ない上にちょっと怖いよ!!
……でも、こんなに防御技っていうのかな……ができるのに、白道のひとつも撃てないってどうよ。


「……これだけシールドの力が強いということは、おそらく攻撃技は使えないはずじゃ」


タイミングよく、私が考えていたことの答えをいってくれた。


「あ、そうなんです。この前からずっと白道の練習をしていたんですけど全く出来なくて」


校長先生の話によると、攻撃能力や武器を使える人はそれらを使って盾代わりにすることはできるが、守備専門の能力はそれを攻撃に変換することは出来ない。

そして私の場合、全ての衝撃や痛みを遮断するという強力なシールドを扱うので、バランスを保つため攻撃は一切出来ないというダブルパンチ。
100%攻撃を防げるけど、100%攻撃が出来ない。
負けることはないが勝つこともない。

……なんて曖昧なんだ!!


「まぁあくまで能力の話じゃよ。自分自身を鍛えて体術で攻撃することは可能じゃろうて」


何、私に回し蹴りやれっていってんの!?
無理!!
あんなんやったら確実に足が明後日のほう向くわ!!


「……そういえば、君のその髪留めは自前のものかの?」

「へ?あ、はい」


何で今髪留めのはなし?


「髪の長い生徒には髪留めを配ったはずじゃが……」


あ、それってこの前の体力テストのときにしてたやつだ。


「新入生はまだ能力や武器の扱いが慣れていないため、初めて使う技が暴走してしまう可能性がある。髪留めはそれを抑えるためのものじゃ。守備専門の能力とはいえ、慣れるまでは必ず身につけておきなさい」


人によってはピアスだったりネックレスだったりするがの、と言葉を付け加えた。


この部屋にきて、とてもいろんなことを教えられた。
以前暮らしていたときとは180度違うこの学校生活。
何で私が、って思わないことはないけど……、少し、楽しみでもあった。



「校長先生、今日はお話ありがとうございました!!」


私はソファーから立ち上がって頭を下げた。
そろそろ昼休みも終わる時間だし、午後の授業の準備しないと。


「いやいや、また何かあればいつでも来なさい。美味しい紅茶を用意しておく」


校長先生もふわりと笑ってくれた。

私は貰った木箱を手に、扉をゆっくりと開ける。



「芹菜」


初めて、名前を呼ばれて顔だけ振り返った。




「健闘を祈る」


バタン……、と静かに扉が閉まった。




07.はじまりはこれから

少女は僅かな期待を胸に、前を向く。
老人はゆっくり目を伏せ、下を向く。


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