▼ 05
「……白道?」
「うん、全員参加」
「まじでか」
「まじだよ」
入学してから一週間が経ち、二週間目に入った。
もうほとんどの人が能力や武器に開花してるみたい。
見つからない人は一ヶ月も探し続ける人もいるらしいから、今年の生徒は優秀だと先生たちから言われてる。
私もちょうどこの前自分の能力がわかったところだ。
……わかっただけで、意識的に繰り出すことなんてできないんだけどね!!
みんなが集まった場所はかなり広く、例えるなら弓道をする場所に似ているかもしれない。
何メートルか先には赤い的が立てられている。
あれに向かって撃つってことかな。
まず実際に練習する前に教師の話を聞いた。
白道とは、自分の能力が目覚めるための素質……つまり心(ソウル)をつかって撃つ。
だからこの学校に入学できた時点で、白道に関してはみんな平等に使用できる。
はずなのに。
「…………撃て、ない……?」
精神を集中しろ。
手だけに心(ソウル)を込めろ。
そんな、先生無理です。
心の目で見るんだっていうのと同じくらいの無茶ぶりです。
私はついこの間まで普通に平凡に生きていたんですよ。
そもそも精神を集中させるってどうやってやるんですか。
目を瞑ればいいんですか?
……すみません、何も見えないです。
真っ暗なところに腕を突っ込むイメージですか。
え、何してるって……実際に腕突っ込む真似しないとイメージわかないじゃないですか。
え、ええあの、先生?
どこいくんですか?
私まだ全然できてないんですけど?
ちょ、見捨てるんですか!?
先生!?
先生ーッ!!
「……それで落ち込んでるんですか貴女は」
教室にもどって机に突っ伏していると、隣の席に桐原くんがもどってきたので事情を説明して今に至る。
「だってさ、酷くない?こっちはあれでも頑張ってるつもりなのに全然できないし、先生は呆れた顔して去ってっちゃうし……、ぅ、ぅう……ッ」
「……たかが一回出来なかったからって何で泣くんですか」
「一回だとしてもやっぱり出来なかったら落ち込むよ……。だってあれ出来なかったの私一人だけだったんだよ?他のクラスの人も全員できたって聞いたし……。…………それに、」
さっきはちょっと誤魔化したくて”えぇ、ちょ、先生!?”みたいな感じで明るく振舞ってみたはいいものの、あのときの先生の表情がどうしても頭から離れない。
”使えないな”
去る前に小声で呟いた言葉に、心臓からずくり、という嫌な音がした。
怒っている顔のほうがまだ良かったのかもしれない。
期待していた表情から一瞬で冷めた表情になる瞬間を見た。
たった一回の失敗。
数字で見れば対したことない、誰でも経験したことのある数。
けれど、その一回の失敗で期待や信頼なんてものは簡単に失われる。
この人はもう2度と私を見てくれないだろうな。
直感でそう思った。
冷たく見下される双眸に体が震えたことは鮮明に覚えている。
あのとき明るく振る舞えた自分は結構頑張ったんじゃないのかな。
今では無理だ。
きっと足がすくんでしまう。
たかが1人の教師に呆れられたからって全てが終わるわけじゃないのはわかってるけど。
でも、期待されているのならそれに応えたいって思うのは少なからず誰にでもあるんじゃないのかな。
ああ、でも、それを裏切ったのは私だったね。
バチッ
「ッて!?」
おでこに痛みが走った。
押さえながら顔をあげると、少しだけ顔を歪ませた桐原くんがいた。
……もしかして今でこぴんされた?
「……酷い顔」
「………、」
「泣く暇があるのなら練習したらどうですか」
「………」
「俺たちは入学してからまだ一週間しか経っていません。もう諦めるんですか?」
「……、それは、」
「……それと、」
「……?」
「泣く理由に他人を使うな」
桐原くんの真剣な顔に一瞬、時が止まった。
「出来ないのが悔しくて泣くのは結構。でもそこに教師は関係ない。あくまで教えてくれるのは教師でも、実際に行動するのはあんただ」
教師が酷い?
馬鹿を言うな。
ただ単に、あんたの実力不足なだけだろ。
出来ないのを人のせいにするな。
期待を裏切ったのは自分だ。
それを取り戻そうとするかしないかはあんたの勝手だけど、それで泣くのは筋違いだ。
ひとつひとつの言葉が脳内で繰り返される。
その言葉が胸に刺さるのは、言い方がキツイのではなく、事実だから。
全てをいい終わったあと桐原くんはハッとし、私を見て少し顔を歪めた。
「謝らなくていいよ」
何か言いたそうにして口を開きかけたのを見て、私がそう呟くと、桐原くんは口を噤んだ。
桐原くんの言ってることは何も間違ってはいない。
私の実力不足、その通りなんだから。
それを聞き入れず逆上することも、筋違いだろう。
「ありがとう」
へにゃりと眉を下げながら笑うと、彼は面を食らったような顔をした。
笑顔がぎこちなくなってしまうのは、彼の言葉を全て素直に受け止めきれていないから。
彼の言っていることは正しいと思うけど、心の奥底であの教師に対して酷いと思うことを共感してくれることは無いのか、と黒い感情が渦を巻いている。
嫌な感情に冷や汗が流れ、気持ち悪さを感じた。
この感情はとても膨らみやすいということを私は知っている。
気付かないふりなんて、出来ない。
けど、これ以上膨らまないように。
今ならまだ、隠せることを願って。
そのあと、教室に担任が来て午前中の授業は終了し、昼食、午後の授業を経て今日の全ての授業が終わった。
今日は一日がすごく長かった感じがする。
「芹菜先輩」
隣から聞こえた声に、寮に戻ろうと席から離れようとした私の足はピタリと止まった。
「……ぇ、な、名前?」
「いけませんか?」
「、う、ううん、全然!!びっくりしたけど」
私が驚いて振り向くと、まるで悪戯が成功した子供のように桐原くんの口元は弧を描いていた。
こんな顔もするんだ……。
「あの人、かなり評判が悪いみたいですね」
”あの人”とは、午前中に私が話した教師のことだろう。
「実力もないくせに、教師ということを鼻にかけて新入生を虐めるのが毎年の恒例だそうです」
「……まさか、それ調べたの?」
「そんな面倒なこと俺がすると思いますか?午後の授業で同じだった奴に聞いたんですよ。ここに通って一週間の生徒にあんなことを言う教師はあいつだけだって。先輩なら誰でも知っているみたいです」
世間では、それを”調べた”っていうんじゃないのかな。
「あの人の本性がわかった以上、気にすることはないと思います。それよりも、そんな奴のために時間を割いてることが勿体無いですよ」
「……ッ、うん、そう、だね」
「……何笑ってるんですか」
「い、いや別に……っ、何でも、ないよ」
桐原くんの言葉を聞いて、あの黒い感情がすーっと消えていくのがわかった。
私だけじゃないんだ。
みんな同じこと思ってた。
この気持ち悪い感情を共感してくれる人を少なからず探していた、なんて。
そんな醜くて、歪んでいるものを私は持っていた、なんて。
けど、真実がわかって自分は普通だったんだって思った瞬間に晴れた気持ちになるんだから、ほんと、人間て単純で無責任だ。
「桐原くんは、強いね」
自分の思いを曲げないところ。
違うことは違うと言えるところ。
脇道にそれずに正面からぶつかるところ。
それを素直に認められないことはちょっと面白かったけど、許してね。
余計に不機嫌な顔されたけど、全然迫力ないんだから。
そんな真っ直ぐなところ、私には眩しすぎて、手を伸ばすのも厚かましい気がするけど、
尊敬するくらいなら、許してくれるよね。
05.歪んだ感情を押し殺して
伸ばす手なら持っている。
掴んでくれることは無いけれど。
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