▼ 03
私が桜葉学園の生徒になってから、一週間がたった。
私は未だに、能力が見つかっていない。
「……はぁぁぁぁ…………」
大学にあるような、扇型の階段に置かれた長い机に突っ伏しながら、私はこれまた長いため息をついた。
この前森を歩いたあと、まだ試していなかった武器に触れてみたけど結果は変わらずじまいだった。
ということは必然的に私は能力に開花しているということになる。
けどそれはまだ全く見つかっておらず、開花の”か”の字もないくらいにお手上げ状態である。
まわりの人たちはほとんどが何かしらに開花しているというのに。
「はあぁぁぁあ……」
「……ため息うるさいんですけど。ただでさえ無い幸せが余計消えますよ」
「……君には”もっと優しい言葉をかけてあげよう”とかいう気遣いの心はないのかね」
「生憎そんなめんどくさいものは持ってませんね。仮に持ってたとしても藍咲先輩にかけるくらいなら、ご飯にかけますよ」
「ご飯に負けた、だと?」
私の隣の席で思いっきりしかめっ面をして、辛辣な言葉を吐くのは、同じクラスの桐原棗くん。
彼も新入生だけど、すでに開花してるらしく余裕ぶりがうかがえる。
ちなみに私に対して敬語なのは、同じ新入生でも年齢的には私より一つ下だかららしい。
変なところで律儀だな。
「桐原くんは何の武器に開花したの?」
「俺は能力のほうですね。脚力が異常に優れた能力です」
「……それどうやって気づいたの?」
「サッカー好きなんで練習をよくするんですけど、いつもの通りボール蹴ったら、天高く飛んでいきましたよ猛スピードで」
「何それヤバイ」
あれか、つまり体術が得意って感じかな?
「……で、まだ開花してないんですね」
「うん……、まあ能力のほうは時間かかるっていわれたし、気長に待つしかないわー……」
「頑張ってください藍咲先輩応援してますよ」
「ものすごい棒読みか!!……っていうか、名前で呼んでいいよ。私苗字で呼ばれるのあんまり慣れてないから」
「名前なんでしたっけ?」
「芹菜だよ芹菜!!最初に自己紹介したでしょ!!」
「ああ、特に気にとめてなかったので忘れてました」
「このやろう」
「…………気が向いたら呼びますよ」
そう言ってそっぽ向かれた。
……もしかして桐原くんはツンデレ属性か?
今のこれはデレってやつなのか?
そうかそうか………。
「……何ニヤニヤしてるんですか気持ち悪い」
「ニヤニヤなんかしてないよ失礼な。この顔は生まれつきだ」
「……人生まだまだ楽しいですよ」
「その顔やめて悲しくなってくるから」
「なーつめ!!次、能力別授業だって!!途中まで一緒いこーぜッ」
桐原くんの背中にガバッとのしかかったのは、あのとき会った赤髪くんだった。
「あっ、あのとき私の隣でめっちゃ大きなランス持ってた赤髪くん!!」
「ん?お前誰だっけ?」
「覚えてないのかよ、ちょっと会話したでしょーが!!」
「そーだっけ?」
そ、そりゃあ私は目立つ顔でも可愛い顔でもないけどさ!!
「この人は藍咲芹菜先輩ですよ。そしてこっちが橘圭祐先輩です」
「えっ、先輩だったのか!?」
「……えーっと、橘、くん?は、いまいくつ?」
「俺は今年で18歳になる!!」
「あ、じゃあ私と一緒だ」
「なーんだ、そっかー!!じゃあ苗字たるいから芹菜って呼ぶなっ」
「あ、うん、お好きにどーぞ」
「……橘先輩、そろそろいかないと授業遅れるかもしれないですよ」
「あ、そうだな、行くか!!じゃあな芹菜またあとで!!」
「うん、がんばってね」
そういって見送ったのはいいものの、頑張るのはむしろ私の方だよね。
そんなことを考えている私が今いるのは無駄に広い校庭。
春なだけに、桜が満開でとても綺麗だ。
でもこの学校の生徒や教師以外の人にこの場所は見えないので、ちょっともったいない気もする。
「……、?」
歩いていると、少し先に誰かが立っていた。
真っ黒なスーツに真っ黒なロングコート、肩にかかるくらいまでの髪は、銀色。
細身ではあるが、身長からして男だと思う。
誰だろうと思ってゆっくりと歩み寄ってみた。
すると向こうが気づいたのか、私の方に顔を向けた。
……瞬間、私はゾクリとした。
彼の顔は、わからなかった。
何故なら、仮面をしているからだ。
ただ、普通の仮面じゃなく、くちばしのある仮面だった。
仮面が素顔じゃないのは当たり前だが、人間の体にくちばしの仮面……、それがとても異様な雰囲気を放っていて不気味だった。
「……私に用か?」
し、しゃべった……!!
いや、当たり前だけど。
顔がわからないので表現しにくいが、その格好や雰囲気に合っている落ち着いた感じの甘いテノールの声だった。
「……ぁ、いや、別に……用があるわけでは……」
その不気味な雰囲気に居心地が悪く感じつつも、なんとか返事をする。
「……能力を探している途中か?」
「!!……は、はい……なかなか、見つからなくて」
「……そうか」
自分で話をふってきたわりには全く興味がないというような返し方をされた。
じゃあ何で聞いたんだよ、というちょっとした苛立ちを覚える。
「……あ、あの、もしかして、ここの教師ですか?」
「……あぁ」
会話終了。
うわ、ダメだ。
私こういうタイプは苦手だ。
このままここにいても仕方ないので私は軽く頭を下げてその場を去る。
……はずだったが。
「翔音という生徒、見なかったか?」
「、え」
……翔音様?
どうしてここで翔音様の名前が……。
「……いや、見てないならいい」
そういって私から顔をそらした。
仮面のせいでどこを見ているのかはわからないが、ここにあるもので見るものいったら……桜だ。
満開の桜が風によってなびく。
花びらがたくさん私たちのまわりを舞う。
その風とともに、彼の銀髪がさらさらとなびいていた。
太陽の光をあびてキラキラと光るその銀色はとても綺麗だった。
雲ひとつない青空に満開の桜となびく花びら。
そしてそこに一人立っている漆黒。
私はそれらを眺めて思った。
「……桜似合わねー」
「………」
「………」
あれ?
一瞬、空気がピシリと固まった気がした。
あ、ヤバイ、私、口に出してた……!?
バッと口を抑えるが、時すでに遅し。
一度口からでてしまった言葉はなかったことにはできない。
自分の顔がサーッと青くなるのがわかった。
初対面の、しかも相手は教師、そしてさらに異様な雰囲気を放つ人に向かって、何てことを口走ってしまったのか。
「……す、っ、す、すすみませんでした!!」
言い終わる前に私はその場から逃げ出した。
「………」
仮面の彼はソレとは逆方向へと歩き出す。
その口元が僅かに緩んでいたことは、もちろん誰にもわからない。
2人の間を桜の花びらが舞った。
03.疑問がひとつ
あなたはだれ?
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