雨降れば棒に当たる 3/3



ひとしきり吐いて落ち着いた田端さんは、それから気絶するように眠ってしまった。部屋に戻った俺は、田端さんの体を湯につけて温めたタオルで丁寧に拭いてから、柊真に用意してもらった替えの下着とパジャマを着せ、ベッドを汚したからと更に柊真の寝室にまで移動させた。意思のない体を相手に着替えさせるのは大変だったが、後悔に突き動かされたようなもので黙々とやりきり、どっと疲れも押し寄せてくる。
今はそっと寝かせておこうと俺はリビングのソファに通され、柊真は汗を流しにシャワーへ消えた。俺も当然すすめられたが、そこまで気にならなかったから断った。
出来れば一言でも謝って帰るつもりだった。顔も見たくないと言われればそれまでだが、ヤり逃げのようなことはしたくない。これから、どうするべきなのか答えも出ない。
「おつかれさま、井上さん。大丈夫?」
「ああ…うん。俺より、田端さん……大丈夫かな」
「まあ、いつもだいたいあんなんだから」
戻ってきた柊真は女装をしていなかった。ウィッグが外され、メイクもしていない顔はやはり整ってはいたが男っぽい印象を受けた。服装も部屋着らしいスウェットに変わり、軒下で佇んでいた女性と同一人物だと思えないほどだ。突っ込みはしなかったが、途中からまるでキャラも違っているし、今が素の柊真なのだろう。
「ごめん、調子に乗った。具合悪いって知ってたのに…あんな無理をさせて。頭が冷えた。ほんと、どうにかしてた」
「いいよ。僕がそう仕向けたんだし。謝るのは僕も同じ。付き合わせてごめんね。あと、一応……兄さんのフォローもさせてほしい」
柊真はキッチンに寄り、コーヒーを手に隣へ座る。あの時は高圧的な態度をとっていたが、根は優しくて真面目なのかもしれない。反省した様子を見せて、ぽつりぽつりと話し始めた。
「僕は、自分でも歪んでるって分かってる。でも兄さんが本当に好き。尊敬もしてる。だから、そういうのを全部知った上で、もしも本人がきちんと言ったなら…井上さんにはちゃんと考えて欲しいんだ。それだけは約束してほしい」

真剣な眼差しを受け止めて、俺は静かに語られる短い恋の話を聞いた。驚いてばかりの一日は暮れていき、予報の通りに空は星が見えているかもしれない。結局俺はせめてものお詫びに田端さんが食べれそうな雑炊を鍋につくり、夜の7時を過ぎた頃、決心してドアをノックした。
「田端さん、いいですか?」
「…うん、……いいよ、入っておいで」
「失礼します」
掠れた声に許されて俺は中に入ったものの、顔を見る勇気も傍に近づく勇気もなかった。ただその場で深く頭を下げる。怒鳴られて追い返された方が楽だなんて甘え方はしたくなかったが、いざとなれば胸が痛くてどうすればいいのかがわからない。田端さんは、ゆっくりと体を起こして、自分の握り拳を見つめていた。
「みっともないところを見せたね……着替え、やってくれたのは井上くんだろ?その、こう言うのも変だけど、ありがとう」
「そんな……本当にすみませんでした。悪いのは俺です。柊真、くんでもないしまして田端さんにお礼を言われることなんてありません」
「ううん。いいんだよ。君は誠実だね」
田端さんは困ったように笑ったようだった。頭をあげてと言われ、俺は素直に従う。会社で見ていた時よりも穏やかに、何か吹っ切れたような表情を浮かべていた。
「普通、ああいうのは気持ち悪いって思われるだろうし。僕は……こんなことを言ったら引かれるかもしれないけど、君が好きだっから」
声が震えているのは泣きそうだからだ。
俺は田端さんの気持ちを踏みにじったのだ。こんな風に言わせるつもりはなかったのに、流されて頭に血が上って冷静さを保てなかった。思い出せば顔が熱くなるが、同時に酷い過ちを犯したと苦しくなるばかりだ。
「だから、嬉しかったんだよなぁ……」
田端さんは腫れぼったい目元をひくつかせて、涙を落とす。訴えられても仕方のないことをしたのに、田端さんは俺を責めずにいる。それが嫌で口を開いても上手く言葉が見つからない。重たい現実だけが伸し掛る。
「たぶんもう、柊真が全部話してるだろうけど、」
そう前置きをして、田端さんは柊真が話したことと同じ話をした。ゲイを自覚してから辛い目にあいながらも、俺を好きになって、初めて勇気を振り絞ってあの日に声をかけてくれたこと。一目惚れだったこと。さっきは語られなかった柊真のこと。全てを告白して、田端さんは言葉を切った。
ならば今度は俺が話す番だ。ずっと考えていたことがある。もしかするとこれは体を繋げたから生まれた、一過性の同情や贖罪の意識かもしれない。けれど俺は一度も田端さんを拒めなかった。その理由がないのなら、好意なんじゃないかと、拙く告げる。
「ごめんね、気を遣わせてしまって」
「別にそんなんじゃないです」
「柊真に余計なことを言われたんだろ?」
「そ、れは……余計なことなんて」
「君は素直だね。良くも悪くも、だから心配だな」
田端さんは初めて明るく笑った。改めて見るとそれが柊真と似ているのに気づく。社員のほとんどが知らないだろう表情に、心が傾く。
「あの、田端さん」
「うん?」
「俺はどうすればいいですか」
「どう、って……うーん」
ずるいことを言ったと思った。けれど言ってしまったことはなかったことには出来ず、田端さんの言葉を待つ。こんな状況で田端さんが脅迫のようなことを言える人ではないとわかっていた。許す条件を出す様なことをしないのは俺が一番分かっていたはずだった。
「何もしなくていいよ。でも、そうだな…出来れば、普通に戻ってほしい。今まで通り」
「優しすぎませんか、それ」
「僕は満足だったからね」
伏し目を擦って田端さんは俺から目を逸らす。恥ずかしそうに自分の体で興奮してくれたことが嬉しくて、もうなんでもよかったと最期のように呟く。俺は田端さんのベッドへと近づいて、その肩が怯えて揺れるのを見逃す。
柊真はもう二度と兄には触れないと言った。そもそもの間違いと正すと反省していた。臆病な兄が珍しく俺のことばかりを話すから嫉妬して、八つ当たりのように意地悪をするようになったと言う顔は幼くて、もっと早くに田端さんに気付くべきだったのだと思った。
どうせお人好しだとからかわれているのなら、それくらいのことも出来てよかったのではないか。きっとこれは、罪滅ぼしだ。
「そういえば、今日は指輪をしていないんだね」
田端さんは疲れたとでも言いたげに、わざとらしく俺を優しく見上げ、左手を握っただけだった。



160226 素敵な企画をありがとうございました。
主催 涼和様 R18企画 「色んな人の濡れ場が見たい」
>>3P…玩具/マスク/レジ袋


 


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