「やだエルヴィン……貴方、まだ生きてたの?」

まったく悪運の強い男ねえ。耳に残る声は春風のように甘く爽やかであった。けれどもどうしたって聞き捨てならないその台詞に思わずリベルトの脚が止まる。
自ずと目の前を歩いていた上官二人の歩みも、間もなくして止まることになり、振り返った兵長が心底面倒臭そうに吐息する。

団長、お知り合いですか。

リベルトは、立ち止まり前を向いたままのその背中にゆっくりと問いかけた。しかしながら視線は、今まさに許すことの出来ない言葉を吐き捨てたばかりの女へとしっかりと向けられていた。勿論、剥き出しの敵意と共に。

「まぁ……知り合いには、違いない」
「今日はおチビさんは?一緒じゃないの?」
「……此処にいるが」
「あら御免なさい。見えなくて」

見えなかっただと?なんなんだ、この女は。
眩しいブロンドを風に揺らせて、誰もが見惚れる微笑みを浮かべながら、誰もが恐れるような台詞を堂々と言ってのける。
その上、たった一人で一個旅団の戦闘力を誇る我ら調査兵団のシンボルとも言える彼の人を、チビなどと、失礼にも程があるではないか!
これは何もリヴァイ兵長だけでなく、調査兵団そのものに対しての愚弄とも取れる。そう、馬鹿にされている。リベルトは持てる敵意を全て使って女を睨みつけた。この女はたとえうわべだけだとしても、敬意を向けるに値しない。

「其方の彼は、新顔ね。お名前は?」
「人に名をたずねる前に、まず自ら名乗るのが礼儀かと存じますが」

リベルトの強硬な態度にすらふわりと笑んだ女は、あら失礼、と言葉だけの詫びを述べて肩を竦めた。穏やかな風が金糸を攫って太陽の光がきらめく宝石のように反射する。ようやくそこでリベルトは思い出した。
心ならずこの女が“中央の女神”と呼ばれる憲兵団一の実力者であることを。

「リーゼロッテ・カレンベルクよ。リーズと呼んでくれると嬉しいわ」
「リベルト・パヴォーネです。カレンベルクさん」
「やぁね、この子可愛くないわよ?」

小さく声を出して笑うその姿は確かに美しいが、その視線は先程と打って変わって全く笑ってはいない。
こんな子を側に置くなんて趣味が良いとは言えないわねえ。
目がそう言っている。

「お前のように無駄に愛想振りまくこともなけりゃ、任務にも命令にも忠実で熱心だ。気分が乗らねぇと現場からしょっちゅう消える女よりよっぽどいい」

吐き捨てるようにリヴァイ兵長がそう言う。図らず自身がそれなりの評価をされていることに内心喜びながらも、兵長の彼女への侮蔑の視線には思わずこちらまで粟立った。

「あら、おチビさんのアミだったの?」
「ッ……なんとでも言え」
「多少なりと成長したのねぇ。でも少しも面白くないわよリヴァイ」

呆れたように再びため息を零したリヴァイ兵長は付き合いきれないという風に再び歩みを進める。その間際、少し振り返った彼の唇が音を出さずに「来い」と言ったのをリベルトは見逃さなかった。

「リーゼロッテ、悪いが我々は先を急ぐ。残念ながら君と思い出話に花を咲かせる時間はない」
「ツレないわね。まぁいいわ、此処いるなら近々また会うでしょうし」
「不本意極まりねぇがな」
「エルヴィン、もし夜が寂しくなったら声をかけて?」

駆け足で上官二人との距離を詰めながらリベルトはギョッとリーゼロッテを振り返った。つくづく失礼な女だと団長を憐れむように盗み見れば、意外にも彼は口元を押さえて笑っている。

「それに関しては検討しておこうか」
「貴方のそういう素直なところ好きよ」
「君にもぜひ見習って頂きたいものだよ」

今でも十分素直じゃなくって?と艶のある青い双眸を薄っすらと細めて笑う表情に、リベルトは思わず呼吸をすることも忘れそうになる。形の良い唇が緩やかな弧を描き、吸い込まれそうな瞳の青が僅かな色を見せる。
悔しいが、彼女が女神と称される理由には納得をした。どうすればあんなにも綺麗に微笑むことが出来るのだろうかと、不思議に思うほど彼女の表情は柔らかで慈愛に満ちていた。それこそ、それまでの笑みすらまるで作り物だったかのようだ。
人に見惚れるということをどこか頭の遠くで、けれどもたしかに認識する。

「長く見るんじゃねぇ。アレは毒だ」

突然に背後から襟首を掴まれて、半ば強制的に視線を逸らされたリベルトは、視界に入ったリヴァイの姿に慌てて姿勢を整える。
毒、ですか。折返すように呟けば、リヴァイが不意に空を見上げ、そうだ。と念を押すように呟いた。
とくとくと、心臓から熱く血が流れるのを感じ取りながらまぶたの裏に鮮明に残る笑みを無理やりに追い出す。

「よく聞けリベルト。あれは女神だなんて、そんな大層なもんじゃねぇ。戦場に向かう兵士達の心をただ惑わせる――魔女だ」
徒花の女神
その微笑みは生き残ることを思い出させる

「魔女?リヴァイがそんなことを……?」
「はい。兵士の心を惑わせると」
「まぁ、比喩があいつらしい。解釈は人それぞれだが、彼女なりの正義がそこにある、とも言っておくべきか」
「あの人の正義、ですか?」
「正直なところ、帰還率が飛躍するんだよ。彼女が指揮をとった作戦や任務、隊は。かといって大きな戦績も残らないがね」
「というと……」
「反撃への結果だけが戦の全てではない。それが彼女、リーゼロッテの持論だ」


あとがき+α

人を生かすことに重きを置きながらも、真面目な空気は苦手なもんだからついついいらないことを言って、ふわふわとはぐらかしちゃう憲兵団のリーゼロッテさん。
いつか兵長みたいになるんだと奮い立つ思いで調査兵団に入った新兵、リベルトくん。
シリーズ的に続くかも、しれない。
20180721

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