どんなときも神は、全ての人類に平等であるようでとても不平等な存在だ。


明日がなくても笑えるように 01



歩生の本格的なリハビリが始まって一週間。元来やると決めたことにはなかなかのストイックぶりをみせる性格もあって、予定よりも早く歩行訓練への過程を終えた歩生は、入念に足首のマッサージを行ったのち、この星に降り立って初めて自身の足で地を踏んだ。

「……ッと、痛たた。思ってたよりもずっと骨にくるなぁ」

平行棒を支えにしながら一先ずは立っているのが精一杯の歩生を見ながらアルトは小さく笑う。そりゃあ一ヶ月のブランクは大きいだろう、と。
最終検査の前から、ある程度自由に動かせる上半身の筋トレは念入りに行なっていた為、なんとか腕力に頼る形で直立することは可能であったが、そこから一歩が中々踏み出せないでいる。
歩くことはこんなにも難しいことだったか?
頭で考えても仕方がないと、意を決して右足を踏み出したところで案の定歩生は膝から崩れ落ちた。

「おい、大丈夫か……?」
「はは、平気……俄然、燃えてきたよ」

膝をついた状態で俯いていた歩生を心配して駆け寄ったアルトだったが、顔を上げた彼は落ち込むどころか白い歯を見せて笑う。その姿はむしろ生き生きしているようにさえ見えた。ホッと胸を撫で下ろしたところで、アルトはそういえば、と懐から封筒を思い出したように取り出した。

「ランカからこれを預かってたんだ。サンクチュアリでのファーストライブのチケット。日取りは一週間後だな」
「一週間か……せめて自分の足で行けるようにそれを目標にして努力するよ」

リハビリの計画表と封筒を一緒にカルテに挟みながらアルトはチラリと時計を盗み見た。
気を取り直して立ち上がった歩生はその様子を見ながら「彼女、今日はいつもより少し遅いね」とふわりと零した言葉とは裏腹に、少し険しい表情で右足を浮かせる。半歩程度の歩幅だったが再び右足を地に下ろして「そういえば、いつも何で別々なの?」とアルトに顔を向けた。
週に一、二度顔を見せに来るアルトはいつもはじめにまず一人で歩生の病室を訪ねて来る。そして、一、二時間ほどして彼女、アンジュがやってくるのだ。病院自体には二人で来ているらしいというのに。

「あぁ……まぁ、なんていうか」
「検査とか診察なら付き合うよね、普通は。恋人なんでしょ?そうじゃないってことは、別に理由があるのかなと思って」
話しにくいことなら別に聞かないよ、と今度は左足を出しながら歩生は問う。そして、ふらりと傾きかけた肢体を上手く腕で支えながら、僅かな痛みに眉を寄せた。その時、リハビリ室の扉が静かに開き、噂の彼女が涼やかな笑みを浮かべて現れた。

「リハビリ、調子はどう?」
「……え?まさかとは思うけど」

ほんの数秒、アンジュを見つめて歩生は言葉を失った。というよりは、彼女の腕の中でぐずぐずと泣きべそをかいている幼子の姿に面食らったのだ。年は二歳程度であるのにはっきりとしたその目鼻立ちには思わず将来性を感じさせる。言葉通りほんの一瞬まさか、とは思った。どう見ても優しく幼子を抱くアンジュの顔立ちと、隣の美人過ぎるパイロットの顔の造りを考慮すればありえない話でもない。けれど、流石に人の親になるにはいろんな意味で少し早いだろうと、すぐさまその可能性を打ち消した。
案の定アルトが声のボリュームを上げる。

「お、俺たちの子供じゃないからなッ!」
「わかってるよ……って何照れてるのさ」
「気にしないで。いつもそうだから」

戸惑うように頬を上気させるアルトに歩生は声を出して笑う。アルトは初心だなぁ、とからかうように呟けば咎めるような視線が向けられた。一方のアンジュはもう慣れたと言わんばかりに子供の背中を撫でてやりながら、空いた歩生の車椅子に腰を下ろした。

「ほら、晴人ハルトくん。お兄さんにご挨拶しましょう?」
「ハルトか。いい名前だね」
「歩生……こっちを見て笑うな」

はいはい。と不服そうに自分を見るアルトを他所に歩生は平行棒の傍に立てかけてあった松葉杖を脇に挟みゆっくりとアンジュと晴人に近づいた。年頃のせいか細くて柔らかい黒髪にビー玉のように真ん丸な青い瞳。長い睫毛に涙の雫がぶら下っている。こんにちは、と微笑めば上目遣いに歩生を見ていたその顔がこくりと頷いた。アンジュの服を握る小さな手に微かに力が入ったのを歩生は見逃さなかった。

「随分……よく懐いてるんだね」
「母親の面影を見てるのよ」
「やっぱり、そうか……戦争孤児、なんだね」

その言葉の意味も分からないつぶらな瞳に見つめられて歩生は精一杯の笑みを浮かべることしか出来なかった。

20181003
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