泣きそうになりながら必死に前を向こうとするその姿を支えてあげたいと、そう思った。
私にできる精一杯で、彼の心をほんの少しずつでも温められたなら……いつか幸せな夢を彼が見られる夜も来るだろうか。


涙で世界は救えない 25



たわやかな風の音に混ざって、小さく響くランカの泣き声。鼻を吸ってはふーっと息を吐き出したり、溢れた涙が溢れないように空を向いたり、そんな健気な姿が愛らしくて歩生は黙ってその様子を眺めていた。

「ほら、ランカ。歩生が困ってるだろ」
「わ、分かって、るんだけどッ……」
その背中を軽く叩きながらアルトが言う。呆れ半分でランカを見下ろすその姿に、歩生が嗜めるように名を呼んで、レディには優しく。と続ければアルトからは「はいはい」とぞんざいな返事が返ってきた。
デリカシーがないなぁ。放っておけ。そんなやりとりに、お互い喉を鳴らせて笑う。

「でもほんと、俺、困ってないからさ。ランカちゃん、ごめんね?」

それに擦っちゃダメだよ。ほら。と歩生が伸ばした指先に珠のような雫が乗る。とても自然な流れだったが、異性からそんな風に触れられることの少なかったランカは心臓がほんの少し止まったように感じた。そして直ぐに自身の頬が紅潮するのが分かる。
驚きのあまり涙も引っ込んでしまい、視線の先で穏やかな笑みを浮かべる歩生から目が離せなくなる。

「君は笑っている方がずっと素敵だから。俺なんかの為に、泣かなくてもいいんだよ」

壊れ物を触るように頬に添えられる手。じわじわと伝わる自分の体温がどうしようもなく恥ずかしくて、ランカの目もゆっくりと伏せがちになった。
けれどもそんな中、盗み見た視界に映った優しい金糸はまるで木漏れ陽のようで、モスグリーンのまぁるい瞳を縁取る長い睫毛も同じ色をしている。薄い唇が弧を描き、高い鼻筋の奥で穏やかだがまだ微かに揺れる瞳に、ランカの心は完全に捕らえられてしまった。
とびきり優しくて、悲しい声。どうすれば、彼をそこから救えるのだろうか。
私にできることは、何?

「そ、そんな……寂しい言い方、しないで……下さい」

精一杯の言葉を紡げば、涙腺が再び軋んだ。気をつけるよ、という言葉とともに頬を離れた手はそのままポンポンとランカの頭を二度ほど撫でて離れていく。
ぎゅっと目を瞑って、気持ちを切り替える為に大きく深呼吸をしたランカはすっくと立ち上がる。突然の行動に背後からアルトが「どうした」と問いかけた。

「私、歌いますッ!」
「お、おぅ……」

ランカの意図が読めなくてたじろぐアルトの横を抜け、風のようにひらりと身を翻したランカは泣き腫らした目で真っ直ぐに歩生を見た。

「だから、歩生さん。寂しくなったり、哀しくなったらきっと呼んでください!冷たくなった歩生さんの心が暖かくなるように……私いつでも歌いますから!」
「ランカちゃん……ありがとう」

参ったなぁ、と恥じらうように笑った歩生は、とびきりの笑顔を見せるランカがリズムを刻むその姿をアルトと共に静かに見守った。

20180815
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