まるで足りない感情や知らない応えの隙間を埋めるように溢れ出る問いを、素通りすることなど出来なかった。そして、望まずして与えられた膨大な知識だけでは到底それらを解決できないことに、もどかしいと言う気持ちを初めて知った。


涙で世界は救えない 19



過去に拘るつもりはなかった。起こってしまった全ての出来事を恨んだところで何も得るものがない事実を理解できるだけの、そんな客観性が備わっていたことには感謝をしてもいいのかもしれない。そうでなければきっと、自分は今ここに存在していないだろう。
その一方で、思い出せないことを苦しいと思ったことはないが、気にならないかと言われればそうではなかった。例え何も変わらないとしても、良くも悪くも今という結果に辿り着いた経緯を知りたいと思う気持ちは常にブレラの心の奥底に強かあった。
ランカのこともそうだ。たった一人の肉親。一部の記憶を失っても、生きていてくれた。酷く遠い記憶の中のソレと重なる笑顔を見たとき、言いようのない気持ちが彼の胸を満たした。これが感情というものなのか、分からないなりにもそんなことすら考えた。

だとすれば、自分はどうしてもその空虚を埋めたいと、遠い星々の懐かしい光にとりとめもなく思う。だから、ライアの言う“思い出せない方が幸せなこと”というのはいまいちピンとこなかったのだ。
結果として、ライアのブレラに対する嫌悪は更に高まり、隣に並ぶアンジュが自己嫌悪に陥るというあまり良くはない方向に話は流れ、挙げ句の果てには事の発端であるブレラはいろんな意味で痛くも痒くもないというのだから傍迷惑な話だろう。それが分かるくらいには人に触れている自覚は彼にもあった。

しかし結局のところが、怒らせた――そんなつもりは毛頭なかったのだが――ライアも、隣で星を数えるように空を見上げているアンジュも、ブレラの手には到底終えない複雑な心の持ち主で、人の精神というものがもっとシンプルに出来ていればおそらくそれは彼の頭にも攻略可能な一種のデータとしてインプットされていてもおかしくはなかったのだろう。
だが、そうならなかったからこそ……彼は今、自分自身の力で思考し、時に過ちを侵して、それでも理解を示してくれる人の中になんとか居場所を見つけながら、この地に立っている。それを教えてくれたのは紛れも無い、彼と同じ人という生き物だ。



「悪い、待たせたな」
「いや。自分の方こそすまなかった」
「本当にごめんなさい」

表情こそ変わらないが以前よりも人間味のある声色のブレラと、後悔に溺れそうになっているアンジュにアルトは不謹慎だと思いながらもそっと笑んでみせる。

「おいおい……全員で謝ってちゃ一体誰が何を許すんだ?」

誰も責めるつもりなどない。
ましてや誰が悪いわけでもない。
そんなものは全て無意味だ。

頭の中では理解していて、それでも心が拒絶をするからなのか、どこか悔しさを孕んだライアの笑い声を思い出しながらアルトはブレラを見た。時が全てを解決してくれるとは思っていないが、それでも色々なことが複雑に絡み合った彼らの関係は、時間をかけて解いて行くしかない。そうして……

「いつか、今日のことを笑える日がくれば、俺はそれで充分だと思う」

20171130
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