温かく、優しい瞳の揺らめきを垣間見た。柔らかい声が、その愛しさを伝えれば最後、彼も自分達となんら変わらないということを知った。


涙で世界は救えない 11



一体どのくらいの時間そうしていたのだろうか。仕事があるからと途中でライアが抜けてからも結構な時間が経っていたはずだ。傾きはじめた陽射しと肌寒さを感じさせる風に、そろそろ戻った方が良さそうだね、と歩生は空を仰いだ。
何気なくストッパーを外して、車椅子を動かそうと車輪に連動しているフレームに手を掛けた歩生は、その僅か数秒後大きく項垂れた。
ベットでの寝起き程度では気付かなかったが、自身の全体重がかかった車椅子を動かすには些か筋力が落ちすぎていたのだ。
負傷しているとはいえ、たった2週間でこんなにも弱るものなのかと実感すれば、自然と溜息が溢れる。それは、スケッチブックと画材の入ったキャンバストートを肩にかけたナナセに、ランカが松葉杖を丁度渡し終えた頃だった。

「えっと。私、押しますよ!」
「あぁ……ごめんね。ほんと、カッコ悪いとこ見せちゃったなぁ」
「仕方がないですよ。怪我のこともありますし、ほぼ半月ベッドで過ごしていたんですから」

よいしょ、とランカの小柄な身体が歩生の車椅子をゆっくりと押し進める。なだらかとは言えど、傾斜になっている所為で彼女への負担は些か大きいはずだ。半分程登ったところで、小さな額には汗が滲み始めていた。そして、――



「ランカ」



凛と涼しげな声が響き渡る。背後のランカを気にしながら大人しくしていた歩生もふとその顔を正面へと向けた。
広めの歩幅で此方へと向かってくるのは、忘れもしない……歩生が目を覚ました日、その悲しい現実を遠慮なく叩きつけた人物だった。

「お兄ちゃん……!」
「……おにい、ちゃん?」

瞬く間に歩生達の所まで辿り着いたブレラは、たった一言「代わる」と囁くように零し、歩生の車椅子を押し始めた。途端に少し風を切るように進み始めた速度に、歩生は2人の確かな力の差と、どこか居心地の悪さを感じる。

「ありがとう、お兄ちゃん」
「礼はいい。アンジュが探していた……いや、シェリルが探していると言っていた、が正解だな」
「え……シェリルさん?あ!打ち合わせ!」

忘れてたのか……呆れたように呟く声ではあったが、何処か優しさを含んだような微かに笑う気配も背後に感じ、歩生は前を向いたままじっとその様子を伺う。
そして、能面のような無機質な表情と、抑揚がなく感情の読めない記憶の中の声とは少し違うその雰囲気に少しの戸惑いを覚えていた。

「すぐに連絡してやるといい」
「そうだよね!って、あぁッ!うそ、バッテリー切れちゃってる……!」
「アンジュがまだロビーにいるはずだ」
「ごめんナナちゃん!歩生さん!わたし、先に行きます!」

出入り口まで残り数メートルの距離を駆け出したランカの背中に「気を付けろよ」と柔らかい声がかかる。そっと振り返った歩生の目に映ったのは、意外にも、とても穏やかに笑うブレラの顔だった。


20170627
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