風に揺れる薄いカーテンの先に柔らかい緑が見える。そんな風にただその景色を横目に、ひたすらベッドで過ごす日々が続いていた。けれど、青く眩しい空を掠めるように翔ぶバルキリーの姿を時折見つけては、心が疼くのを堪えるので精一杯だった。


涙で世界は救えない 07



歩生がサンクチュアリに辿り着いてーー正確には、救助されてから2週間が経った。身体の至る所に巻かれてあった包帯も目立たなくなり、自分の力で上体を起こすのにも殆ど不自由しなくなった。与えられる食事も流動食から固形物に変わり、心なしか量も増えている。しかしながら食欲自体は決してそれに比例しない。

「これは」
「右」
「じゃあこっちは」
「左斜め下」
「よし。もう目は大丈夫そうだな」
そう言いながら簡易テーブルに置かれたコンピュータを叩く白衣を纏った大柄な男は、数日前から歩生の担当になった軍医だというがあまり興味はなかった。名前すらもう覚えていない始末だ。
壁に投映されていた視力検査用の画面が音もなく消える。そして、癖のある黒髪を掻き上げた後カルテに目を通して何かを書き込むその姿を横目に、歩生は窓の外を盗み見た。
2機のバルキリーが空を翔ける。どこか危うげな機体の揺れに、自然と眉を寄せていた。

「お前もパイロットだって?」
「……まぁね。でも、もう飛べないと思う」
パイプ椅子を引く少し耳障りで無機質な音がする。開いた両脚の膝辺りに肘をつき、医師は歩生に身体を向けるように腰掛けた。
なぜだ?
実際声に出して聞かれたわけではない。けれど、何も言わずにじっと此方を見つめる赤みがかった茶色の瞳がそう問うているように感じた。

「ここは……平和だ。必要ない」
「それはお前がまだ、この星の現状を知らないからさ」
「それは俺には関係ないよ」
「冷たいやつだな。これからこの星で生きていく道しかないんだぞ?」
「そんなこと、望んじゃいないんだけどね」

息の詰まるような笑い声だった。死にたかった。と溢れた言葉は本心だろう。瞼を閉じた歩生は「でも残念ながら生きてる」と自嘲気味に呟く。
「先が思いやられそうだ」
ワザとらしく溜息をついた医師は立ち上がると風に揺れるカーテンの残り半分開け、その先の窓も全開にする。芳しい風が一気に室内へと飛び込み、歩生のブロンドがさらさらと揺れた。そして鳥のような、甲高く何かが鳴く声が病室に響いた。


20170405
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