「おーい。大丈夫、あんた」

月明かりも届かない路地裏の一角に横たわる男を靴先で小突いた。はだけた着物の中で手足が僅かに蠢くことから、男が生きているということは取り敢えず分かった。ただし、頭部は明るい水色のポリバケツの中だ。どうすればこうなる。
大丈夫かって聞いてんの。仕方なく腰折ってその着崩した着物の襟を掴む。くぐもった声が響いて、何を思ったのか空のポリバケツに突っ込んでいた頭が更に奥深くへと入っていこうとする。ちょっと待て、どこ行く気だコイツ。というか意識あんのか?

「っと、チョコレィト王国のぉ〜入り口わぁ、ど〜っこかなァァァ」
「ンなもんねーよ、バカが」
少しでも心配した自分が馬鹿らしい。男の襟首を掴んでいた手を離し、勢いに任せてゴミ箱を蹴りつけた。勿論、男の頭ごと。
ゴゥンと鈍い音がして、ふらふらした白い塊が中から出てくるのを黙って見つめる。
はて。どっかで見たな、この白いもじゃもじゃ。
手配書か?いやいや。仮にもそんなもんに載る奴が、こんな歌舞伎町のど真ん中で、しかも酔い潰れたあげく醜態晒してぶっ倒れている訳がない。ましてやチョコレート王国なんてもんの入り口を探している訳がない。
だったらどこで。
何度か瞬きをして、ようやく覚醒した割にはやる気のなさそうな瞳と運悪く目が合った。

「……!?スミマセンでしたァーッ!いやマジこないだのはあんたらの勘違いだから!そりゃあヅラとは昔からの馴染みだけどよ、この国ひっくり返そうなんざ俺は微塵も思ってねーから!今抜くなよ!その刀抜くなよ!」

アタシを見るなりその場に姿勢良く正座して、まるでさっきまでの酔っ払い様が嘘のように流暢に喋り出した男。
こないだ?勘違い?ヅラ?
ペラペラと流れるように動く口から出る言葉が頭にしっかりと入ってくるまで少しの時間が必要だった。

「なんたって俺ァ根っからの平和主義者だからね!母ちゃんの腹ん中にいた頃からラブアンドピースを志に文字通り愛と平和だけを友達にして生きてるんだからね!」
「……は?」

ヤバい。この馬鹿はなんだ。もしかしてあれか?最近この辺りで流行ってるクスリでもキメてやがるか?
だったら立場上、ここで見逃すわけにはいかない。

「いや、マジで!毎日汗水流して真面目に働いて、特に贅沢するでもなく質素で貧相な飯食って、医者には糖尿で大好きなパフェもケーキも宇治銀時丼も止められる寸前だってのにもーこれ以上キミは俺から何を奪おうっていうのよ!え?」

全くよく動く口だ。そして些か煩い。
つーか糖尿で医者から糖分控えるよう言われるのはどう考えても自己責任だろう。てかそもそも宇治銀時丼って何だよ。

「だいたい市民の税金貪っといて、瞳孔開きっぱなしのヤクザみてーなヤツと、いきなりバズーカーぶっ放してくるドS野郎と、人間の皮被ったストーカーゴリラがいるよーな集団はね、これ警察とは呼ばないから!ただの武装集団でむしろゴリラ……じゃねーやゲリラだから!」

長いなあ。右の内ポケットから煙草の箱を取り出して一本咥える。馬鹿の話を聞く限りじゃトシや総悟のこと、勲さんのことも知っているらしい。それに加えて世の中ひっくり返そうとしてるヅラ……あーもしかして桂のことか?少し前に起こった大使館前の爆弾騒動を思い出したところで話が繋がった。

「あ、そうか……このあいだの」
「ちょ!待て!マジで抜くなって!お前らなんかあったらすぐ抜刀だ決闘だ仇討ちだって刃物以外で物事解決できねーのかバカヤロー」
「んな漬物切るみてーにこっちもサクサク抜かねぇよバカ白髪」
「テメっ!この俺の高貴な銀髪をあんな老いの象徴みてーな色と一緒にしてんじゃねーぞコラッ!」
「は?似たよーなもんだろ、銀も白もさして変わんねぇよ」
「似ても似つかねーよ!輝きが違うだろ!」
「輝きって……幸せな頭してんなーお前」

さすが天パ。ふわふわしてるのはその髪だけじゃないってか。

「ほら」

とりあえずいつまでそこに座り込んでいるつもりだと手を出せば「あぁ、わりぃ」と思いのほか素直に伸ばされたその手を掴んで引き上げる。よっこらしょ。まるでオヤジのような台詞が口から自然と漏れた。

「お前さ、ホントに女だよね?」
「オイ、失礼にも程があるだろ。見えないのか、コレ。触るか?揉むか?」

火をつけ終わった煙草を楽しみながら、ライターを内ポケットにしまいその流れで胸元を指差せば「揉まねェよ!」と目の前の男から飛んでくる怒声。そこそこボリュームのあるいい胸をしていると自負していたのだが、どうやらこいつにはその魅力が伝わらなかったらしい。まぁ、実際手を出したところで都合よく公務執行妨害にするより他ないのだが。

「ったく中身はオヤジだな」
「それはよく言われる」

よれた着物を直しながら白もじゃは呆れたようにこちらを見ていた。なんだろうか、この敗北感は。ムカつくから何かしらの罪状で強制的にしょっぴいてやろうかとも思ったが、そういえば今日は伊東が土産で買ってきてくれた美味い酒が屯所で待っているのだった。心なしか今し方吸い込んだ煙すら、美味く感じる。
そうとなればこの酔っぱらいをさっさと送り届けて帰ろう。丁寧な公務の後に飲む酒はきっと一段と美味いに決まっている。無論、運転するのは下っ端の隊士だが。

「ところでボク、ついでに税金泥棒様がウチまで送ってやろーか?」
「いえ、結構です」

不本意だが、 丁重に断られた。



夜更けと煙草と酔いどれ侍
20240409


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