何杯目かも分からなくなったグラスを傾けながら目を瞑る。喉の奥を通り抜ける熱が麻薬みたいに全思考を支配してくれたらいいのに。そんなことを考えながら掌に巻いた新しい包帯が、グラスについた水滴を呑み込んでいくのを清は僅かに感じ取った。

「簡単に酔えないっつーのも、迷惑なもんだ」
「突然どーしたのさ。何かあったかい?」
「そーなの、聞いてよ、登勢さん!」

間髪入れずに詰め寄った清を見て、カウンターの向こう側でゆるりと煙を吐き出したお登勢の顔が微笑む。今日はそのために来たのか、と合点がいったようだった。
アタシで良けりゃぁ、いくらでも。
そう言いながらも空いたグラスを目敏く見止めて、清が気に入って飲んでいるブランデーを継ぎ足す。さすが、登勢さん。仕事ができるわ、ホント。トクトクと小気味みの良い音を立てながらかさを増して行く蜂蜜色の液体を眺めて、清は小さく笑った。

「私モ聞イテヤルヨ。2万デナ」
「そりゃどーも。まぁ金は払わねーけど」
「ナンダト!モッペン言ッテミナコノメス豚ガ」
「テメーはその汚い口を閉じとけ化け猫」
「オ登勢サン!私コノ女嫌イデス!出禁ニシタホウガイイデスヨ!」
「あら残念。あたしは結構あんたのこと気に入ってるんだけど」

言うなり濡れたような墨色の瞳がジッとキャサリンを見つめ、形の良い唇が弧を描く。相手を威圧する一方で、どこか艶かしい微笑みには流石のキャサリンも言葉に詰まる。グラスを拭いていた手も時が止まったように動かなくなり、周りで飲む酔っ払いの下品な笑い声すら聞こえなくなる。

「あんたのソレは悪い癖だね。キャサリンもいつ迄手ぇ止めてんだよ、仕事しな!」

お登勢の言葉にハッと現実へと引きずり戻されたキャサリンはチッと舌打ちをして身を翻した。チョット顔ガイイカラッテ調子二ノリヤガッテ。ボソボソと呟く声は清の耳にしっかりと届いている。ウッカリ見惚れてしまったことを悔いているようだ。

「はは、自分じゃぁ公私共に使える一種の特技だと認識してるんだけど、やっぱダメ?」
「いつか刺されることは覚悟しときな」
「返討ちにしてやるよ、そんなもん」

挑戦的にグラスを傾けた清は、その淵越しに目のあったお登勢に片目をそっと閉じて見せた。まったく、あんたって子はとんだお転婆娘だねぇ。と少しだけ嬉しそうに笑っている。

「で、あたしゃそんな娘のどんな話を聞いてやりゃーいいんだい?」
「あーそうそう。とっつぁんがさ、お前も良い年なんだからって見合い話を持って来たわけよ」
「家庭に入るにゃあんたはちょっとばかし行動的過ぎる気もするがねぇ」
「そうなのよ。こんな生傷の絶えないガサツな女はフツー嫌でしょーよ。嫁に取るのも、婿に入るのもさ」

懐のポケットからひしゃげた煙草の箱を取り出した清は、カウンターの上に置いておいたライターで火を灯す。そっと差し出された灰皿を持つ手の先には能面のように無表情なたまの顔。サンキュ、と受け取れば少し距離を置いた彼女が口を開いた。

「けれども清様はとてもお美しいので、世の中の男はそれだけで十分なのではないでしょうか」
「いやいや、人間そんな簡単には出来ちゃいねーからさ。ちょっとばかし人より顔の造形が良いからって、流石に真選組幹部に名を連ねてる女で、しかもその父親は義父だとはいえ警察庁長官ときちゃぁ、嫁にしようってチャレンジャーはなかなかい……たからちょっと困ってんだったわ、そーいや」
「逆玉でも狙ってんじゃぁないのかい?」
「そんな金銭的余裕はウチにはない」

可愛い娘とキャバクラのネーチャン達に貢ぐのが精一杯のとんだボンクラ親父だからなぁ。ふぅ、と紫煙を吐き出しながら苦笑する清だったが、その眼はひどく優しげで、頭に浮かんだであろう義父を慕っていることはお登勢にもたまにも簡単に理解ができた。

「でもホント苦手なんだよなぁ……こういう何考えてんのか分かんねー薄っぺらーい笑顔貼り付けてるやつは特に」

そう言いながら清がポケットから取り出したのは少し皺になった1枚の写真だった。

「おや、エラく良い男じゃないか。確かに……胡散臭そうではあるがね」
「でも並べば誰もが羨む美男美女ですね」
「や、でもやっぱコイツにゃ勿体ねぇよ」

突然背後から落ちて来た声に振り返った清は「いやぁ相当色男だな。まぁ銀さん程じゃあねーが」と何の断りもなく隣に腰を掛けて、人のグラスを傾けた銀時に鋭い視線を送る。ほんのりと上気したその顔から察するに、既にどこかで飲んで来たのだろう。
でなければこの男が清に対してこうも遠慮なしに絡みにくるわけがない。

「なんだい銀時、あんたに出す酒はないからねぇ」
「んだババア、一杯ぐらいいいじゃねーか」
「もー飲んでんだろーが、あたしのを」
「ヤダァ清ちゃんこわーい。そんな顔してたら折角の美人が台無しョグハァッ!」

スルリと銀時の胸元に伸びた清の手が何の躊躇いもなくその身体を椅子ごと後ろに叩き落とした。一切無駄のないその動きにお登勢がカウンターの向こう側から称賛の拍手を送る。流石は真選組一の武闘派だ。なんて、落っことされた銀時の心配なぞ微塵もする様子はない。唯一たまだけが、彼のそばに行き「銀時様、こんな所で寝ては風邪をひきますよ」と健気に介抱をしていた。

「オイ白髪。あたしの酒を勝手に飲もうなんざテメー100年早ぇーんだよ」

その後、銀時が飛ばせた意識を取り戻したのは清がお登勢達に話の全貌を話し終えて、そんな訳であーどうしよう。と頭を抱え直した頃だった。


見合い話と酒とバカ
20170624


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