Attention please

大切なもの

赤司くん、と名前を呼ぶと、彼は振り返り微笑んだ。
その笑みが何を意味するのか分かるほど、私は彼と仲が良いわけではない。

「これ、忘れてたよ」

さきほど図書室で彼が置いていった物を差し出した。
忘れた、というのは語弊があるかもしれない。
彼があえて置いていったのだから。

それに私が気づいているのを知っているのか、知らないのか、それすらも私には分からない。

「ありがとう。うっかりしてたよ」

彼は私からそれを受け取ると、大切なものなんだと笑った。

「じゃあどうして置いていったの?」

言い終わってから、後悔した。
赤司くんの瞳が鋭くなって、彼の表情から笑みが消える。
慌ててごめん、と言うと彼は予想外にも怒っていないようであった。

「別に、置いていったつもりはないんだ。
忘れた、だけど、取りに戻ろうとは思わなかった」

結局、捨てたかったのかもしれないな、と赤司くんは自嘲ぎみに笑った。
悲しそうな、苦しそうな表情に、私は思ってみたことを言ってみる。
的外れなことかもしれないけれど。

「赤司くんはどこかで私が届けに来るって分かってたんじゃないかな。
だから取りに行かなかった。捨てたわけじゃ、ないんじゃない?」

「そうか…そう、かもね」

呟くと、彼の手に力が籠り、手に握られた写真に少しばかりくしゃりと皺を作る。
写真の中の赤司くんの部活仲間たちはとても楽しそうに笑っていて、今の彼らの関係になってしまうことなどを想像すらしていなかったのだろう。

「名字さん」

「うん」

「これを預かっていてくれないか?
僕が、取りに来るまで」

私は何を知っているわけでもない。
分かっているわけでもない。
だけど、だからこそ、一人孤独な赤司くんの拠り所になれたら。

「うん。待ってる。何年だって、何十年だって、大切に預かっておくよ」

ありがとうと笑う赤司くんはどこかすっきりした表情だった。



あれからもう一年になる。
赤司くんは卒業後、京都へ行ってしまい、卒業以来会っていない。
連絡先を交換していたものの、結局私がそのアドレスを使うこともなければ、彼のアドレスが表示されることもなかった。

そう言えば、昨日はWCの決勝戦だった気がする。
バスケに詳しいわけではないけれど、気になってしまいIHやWCの日程を確認してしまっていた。
昨日見たときには決勝戦は洛山対誠凛だった。
私の通う誠凛が優勝したと聞いたから、赤司くんはようやく負けることが出来たのだ。

どこかほっとしてしまっている私は、赤司くんを好きな人間として、最低なのだろうか。
それは赤司くんにしか分からない。

ふいに視界にあの写真が入る。
彼らは戻れただろうか、あの頃のように。
それとも、前に進めたのだろうか。
私の知ったことではないし、彼らだって一方的に知られている女にこんなことを考えられたって良い迷惑だろうけれど、考えずにはいられなかった。

赤司くんから受け取った写真は、どう伸ばしても皺は消えなくて、未だに少し痕が残ってしまっている。

「赤司くん……」

写真の中で穏やかに笑う彼を見つめて、一筋の涙が溢れた。

その時、携帯が着信を告げ、震えた。
びくりと肩が上がる。
おそるおそる携帯の液晶を見つめると、表示された名前はついさっき口にしたばかりのものだった。

画面をタッチして、電話に出る。
変に緊張して、上手く息ができなかった。

「もしもし…?」

「名字さん、だよね」

久しぶりに聞いた彼の声は少し大人っぽくなっていた。
どきどきと高鳴る鼓動を抑えるようぎゅ、と手を握りしめながらうん、と答えた。

「写真を、受け取りに来たんだ」

そっか、と答え、終わってしまうと思い知らされた。
連絡も取らないような関係を細々と繋ぎ止めていてくれたものが、なくなる。
そう思うと、想像していた以上に苦しかった。
私は、私が思っていたよりも赤司くんが好きだったらしい。

「持っていくね、いつがいいかな。」

「実は今、名前さんの家の前にいるんだ」

ばっ、とカーテンを開いて家の前の道路を見ると、赤司くんと目が合った。
うそ、と呟いて、赤司くんが笑う。
慌てて携帯を切り、簡単に上着を羽織って写真立てごと持って階段を駆け下りる。
残り二段のところで足を踏み外しそうになりながらも怪我せずにドアを思い切り開けた。

「っ…はぁ、はぁ」

学校の体育以外で運動しない私が突然全速力で走ったために、息が上がってしまう。
大丈夫、と赤司くんに聞かれ、息を整えながら頷いた。

「そんなに慌てなくて良かったのに」

くすくすと楽しそうに赤司くんが笑った。
その姿が写真の中の赤司くんと重なって、涙が溢れた。

「ご、ごめんっ…」

ごしごしと袖で涙を拭う。
幸いにも涙はすぐに止まり、私は下手な笑みを浮かべながら赤司くんに写真を渡す。

「これ、ちゃんと預かっておいたよ」

「ありがとう」

私の手から、赤司くんの手へと渡り、ついに私たちを繋いでいたものが消えた。
これで最後だと思うと、予想外にも心はすっきりして、今なら言えるような気がした。

「私、赤司くんのこと、ずっと好きでした」

さらりと口からこぼれた言葉は赤司くんの目を見開かせる。
これで、終わり。

「準優勝、おめでとう」

あぁ、また馬鹿なことをしてしまった。
赤司くんにとってはじめての敗北なのに、おめでとうだなんて。
嫌われたかな、でももういいか、これから、なんてないんだから。

「過去形、なのかい?」

「え?」

「僕への気持ちは、もうなくなった?」

僕の気持ちは、今も変わらないよ。
そう言って赤司くんは柔らかく微笑んだ。
そんなこと言ったら自惚れちゃうよ、と言おうとして、再び涙が溢れた。
今度は嗚咽すら出てしまい、どうにも止められそうにもない。

小さく首を振って、情けない声で涙に埋もれながらも好き、今も大好き、と繰り返す私を赤司くんは優しく抱き締めてくれた。
僕も好きだよ、という言葉と共に。
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