Attention please

微笑むあなたに、


窓の外には綺麗な橙色が広がり、ずいぶんと遅くなっちゃったなと頭の端で考えながら名前は誰もいない廊下を歩いた。

ついさっき、階段から落ち保健室へ向かっている。
あと数歩で階が変わる、というところだったので大事には至らなかったのだが運悪く手首を捻ってしまったらしい。
青紫色に変色した手首はズキズキと痛みさすがにほおっておくわけにはいかない。

「失礼します」

一声かけて保健室に入る。
が、中に先生は居らず、代わりに一人の生徒がいた。

「み、実渕先輩…!?」

「あら、あなた…」

実渕玲央
洛山高校二年。名前の想い人だ。

「どこかで会ったことあったかしら?」

首を傾げる玲央に慌てて名前は返事をする。

「あ、その、バスケ部は有名なので…」

語尾が次第に小さくなっていく。
名前はこう言ったが実は名前と玲央は前に会ったことがある。
その時も同じくこの保健室で。
と言っても保健委員だった名前は名乗ることもなく、覚えていなくても可笑しくない。
案の定、玲央は名前を覚えていなかった。

その事実に胸を痛めながらも名前は手首の治療に当たろうと湿布と包帯を取り出した。

「う…(やりにくいっ…)」

不幸なことに名前が痛めたのは右手首。
右利きでしかもお世辞にも器用とは言えない名前には包帯どころか湿布を貼るのさえ一苦労。
一人悪戦苦闘していると、突然湿布をとられる。
驚いて視線を上げると玲央が優しく微笑んでいる。

「やってあげるわよ。座って」

玲央が座っているイスの向かいを目で示される。
名前は言われるがままそこに座る。

「あら…ずいぶん酷くやっちゃったのねぇ…」

痛かったでしょう、と玲央が変色した手首を見ながら横髪をさらりと耳にかける。
そんな小さな仕草にどきんと名前の心臓は小さく波打つ。

「(か、かっこいいよ…)」

顔が熱くなるのを感じて俯く。
その間にも玲央はテキパキと処置を終えていく。
さすがはスポーツ選手と言ったところか、こう言う作業は慣れているらしく直ぐに終わった。

「よし、これで大丈夫よ。
でも無理して動かしたりしないでね。」

ふわりと優しく笑う玲央に見惚れてしまう。
再び顔が熱くなり、真っ赤になっていく。
そんな名前を不思議がる玲央に名前は立ち上がってお礼を言った。

「あ、ありがとうございました!」

足早に保健室を立ち去ろうとした名前の手首を玲央は掴む。
もちろん、掴んでいるのは左手首だ。

「……やっぱり、会ったことない?あなたと私」

「っ…」

じっと真剣に目を見つめられ、言葉につまる。
やっと出した声ははい、だけだった。

「その…私、保健委員で…」

「思い出した!!私が指切っちゃった時の…!」

「は、はい…」

どんどん視線は下がっていき、最終的に床に向かった。
玲央は楽しむように二人が初めて会った時を思い出しているようだ。

あの時、ずっと憧れだった玲央が現れたことによって変に緊張してしまった名前は医療器具の入った棚をひっくり返し、片付けを手伝ってもらった挙げ句、ちゃんとした手当ても出来なかった。
そんな自分が恥ずかしくて落ち込んでいる名前の頭を優しく撫でて玲央は
『気にしなくていいわよ、誰にでも失敗ぐらいあるわ。』
と言ってくれたのだった。
そしてその瞬間から名前は玲央に片想いを続けている。

あんな恥ずかしい自分を思い出して欲しくなかったし、なにより嘘をついてしまった。
嫌われる、と思うと急に涙が込み上げてきてきゅっと唇を噛み締めた。

「可愛い子だな、って思ってたのよ。
って、どうしたの?」

「え、」

声をかけられ、反射的に顔を上げてしまう。
するとぽろりぽろりと涙があふれだす。

「ちょ、どうしたのよ?」

「ご、ごめんなさいっ…私役立たずだし…迷惑ばっかりかけちゃったし…」

ごしごしと強く拭っていると止められる。

「やめなさい、赤くなるわ。」

「っ…」

そっとハンカチを当ててくれる玲央に余計いたたまれなくなる。
そんな名前を見て、玲央はなるだけ優しい声音で話しかける。

「別に迷惑なんて思ってないわ。
保健委員が絶対に治療出来なきゃいけない決まりなんてないんだし。
ただ…」

言葉を濁す玲央に名前は目をぱちくりさせる。

「面白い子だなって…また、会いたいなって思っただけよ。」

その言葉に完全に名前の涙が止まる。
そして名前は勇気を振り絞って顔を真っ赤にしながら口を開いた。

「わ、私…ずっと実渕先輩が好きでしたっ…」

少し名前の身体が震えてるのに気付くと玲央はまた小さく笑った。

「まず、あなたの名前教えてくれる?」

その答えに名前は照れ笑いを浮かべた。






(私は恋をしました)
(ただ、守ってあげたいって思ったのよ)


2012.07.30 up
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