::2月



前と変わらぬメリー号を見たとき、おれはなんの戸惑いも抱かなかった。
むしろ運命かと喜んだ。
これでもし、あの船に降り立ったとき、真っ先に見たのがあの綺麗な金色だったら、金色だったら、

―――おれは自分の炎に焼かれちまうかもしれねえ。




ストライカーをメリー号の船尾につけ、勢いよく飛び上がると、そのまま船体の手すりにエースは器用に着地した。
まだ船の誰にも気づかれていないはずだ。さて、どうやって登場すればいいものか、テンガロンハットに手をやったエースはそこで人の気配を感じ咄嗟に身構えた。

「あ、」

お互いに声を漏らした。
手すりに立ったエースを眩しそうに見上げる人物は、あの時からなにも変わっていない、金色!

一瞬にして体がかっと熱くなったエースは、うっとりして、「綺麗な、金色だ。」とつぶやくとひらりと手すりから降りる。
突然目の前に着地してきた男にようやく目が慣れたところで金色の男は、また、あ、と声をあげた。

サンジはぼんやりと思い出していた。
メリー号の手すりに堂々と立つ男を見て、テンガロンハット、そばかす、癖毛、足りないあともう一つの何かがあれば。
そのとき、男の体にぼんやりとオレンジ色の陽炎が見えた気がした。そうして、サンジは声に出すのだ。

「―――――エース?」

2月、似つかわしくないほどに太陽の眩しい日の出来事だった。



思わぬところで再会したエースにサンジはしばらく放心していたがすぐ、ルフィのお兄さんじゃねえか!と再び声をあげた。
「へへ、久しぶり、サンジ。」
「ほんとに久しぶりだぜ!ちょっとくらいは時間あんだろ?いま昼飯のすぐあとでみんないるから、」
来いよ!とせかすサンジに連れられラウンジでまったりしていたクルー一同と再会を喜んだ。初対面だったロビンとも笑顔で挨拶を交わし一息ついたとき、サンジから声が上がった。
「あんた、晩飯食うか?・・・あ、いや、時間ねえか?」
自分で言ったことに照れて頭をかくサンジにエースの目じりが下がる。
「久しぶりに、食いてえなあサンジの飯、」
今すぐでなきゃいけないわけじゃない、サンジがいいなら腹いっぱい食いたいぜ?
その言葉を聞くと、照れた表情からいっぺんぱああっと顔を明るくするサンジに、エースはもちろんクルー一同和やかな雰囲気になった。
「サンジくんがいいならいいわよ?食料管理してるのはサンジくんだもの。」
極めつけのナミの言葉でサンジはご機嫌で残りの洗濯物を干し夕食の仕込を始めた。
もはや夕食は宴会になる勢いである。

その日は宴会も宴会、大宴会となり、みなが終始和やかな雰囲気で進んだ。
エースは宴会の間ずっと動きっぱなしのサンジを眺めていた。もちろん、ルフィが自慢げに話すサンジのエピソードを一字一句聞き漏らすことなく。


真夜中まで続いた宴会も、エースが朝早く発つというのでやっとお開きになった。

サンジは、後片付けを買って出たエースと一緒に皿洗いをしている。
「すまねえなあ、客人に手伝いさせちまって。」
皿を洗いつつ苦笑を浮かべるサンジ。
「いんや。あんなうまい飯を食わせてもらっておいて何もしないわけにはいかねえよ。」

「へへ、一流だからな。」
言葉とは裏腹に、うっすら耳元を赤く染め上げたサンジにエースは笑みをもらした。
二人で他愛ない会話をしながら、宴会の片付けはあっという間に終わり。サンジは朝の仕込みもしようと思っていたが、エースがラウンジで寝るようだったので朝は仕込みのいらない料理にすることに決め、自分も寝床につくのだった。



翌日、サンジは朝の仕込をせずにすんだ為いつもより目覚めるのが遅かった。
時刻を確認すると午前6時。もうすこし寝ていてもよかったが、朝早く発つと言っていたエースのことも気になる。
ラウンジに入ると、ソファにはまだ寝相悪く寝るエースの姿があった。
起こしてやったほうがいいのか?と思いつつソファに近づく。
「おーい、おにーさん・・・?」
寝起きでうまく出ない声に、思ったより掠れ気味に小さく声をかける。
しかしエースはわずかに身じろぎしてその目を開けた。
「う・・・んー?」
まだ覚醒しきっていないエースの肩に手を乗せたとき、逆にその手を掴まれサンジはソファに倒れこんだ。思わぬ反撃に反応しきれないでいると、次いでエースの手が背に回り優しく擦るように動く。

「・・・・・・サンジ・・・。」
エースの口が小さく自分の名前を呼んでいることに気づいたとき、サンジは、ぺち、とエースの頬に手を当てて顔を覗き込んだ。
「・・・お兄さん、起きたのか?」
サンジは見る見るうちに見開かれていくエースの目をじっと見た。


「!!!サンジ!?」


ばねのごとく飛び上がったエースにサンジは目を丸くして驚いている。
サンジは飛び上がったエースと向かい合わせでソファに座った。エースは状況を飲み込むと、サンジの反応を窺いつつ体勢を崩す。

「・・・ごめん、寝ぼけてたみてェ。」

エースは顔を赤くし寝癖だらけの頭を掻いている。照れているらしい。
なんだからしくないエースの様子に、サンジは上機嫌だ。普段なら男に抱きしめられるなど即蹴り倒すところだが、ははは、と笑って見せた。
「誰にでもあるさ、気にすんなよ。どんな夢見てたんだ?」
おれのことレディだと思って抱きしめてきたんだぜ?
と無邪気に笑うサンジにエースはますます顔を赤くした。
「いや、あんま覚えてねえやー・・・。」
言葉を濁すエースにさほど疑問を抱くことなく、夢だもんな、とにこにこしながらサンジはソファから降りる。

(いやー、しっかり夢の中でもサンジちゃんのこと抱きしめてたんだけど。)

頭を掻きながらエースもソファに座りなおし、改めてサンジの姿を見た。
濃い青のシャツを着崩すサンジは、寝起き特有の靄のような色気をまとっていて、沸々とエースの中にあるいろんな想像を掻き立てた。
にしし、と自分の妄想に笑いを抑えられずにいる。



エースは気分がよかった。
昨日、唐突に自覚した恋にたゆたう自分をエースは自覚していた。
考えれば考えるほどに自分は最初からサンジに恋しているように思えてならないのだ。いや、していた。
弟の船に乗り煙草を咥えるあの姿を見たときから!
あの時から自らの炎に焼き尽くされるほどの恋をしている。



「お兄さん、もう、行くんだろう?」
エースのたゆたう意識はサンジの声によって呼び戻された。

「ん?おお、そうだねェ、もうすぐ行かないといけねえかな?」
言外に、もうちょっとここにいたいのだけど。
と含ませるのだがそれはサンジに届かない。まだ届かなくていいとも思っている。

これからが楽しみだ。
と、気持ちを新たに立ち上がるエースの鼻腔をなんともいい香りがくすぐった。
すぐに、いい香りをさせたサンジがエースの元に寄る。
「サンドウィッチ作ったんだけど、持ってくか?」
大きなアンデルセン手芸で出来た籠に、大量のサンドウィッチが詰められていた。
ベーコン、トマト、卵、ハム、ピクルス、レタス、・・・見るからにおいしそうなそれにエースは思わずごくりとする。
「すっげえ、うまそう。」
ぽかんとして幼稚な感想を漏らしたエースにサンジは満面の笑みを浮かべた。
「お兄さんには朝飯分くらいにしかなんねえかな?」
「いやいや!ありがとう!味わって食べるよ!」

他のみんなにはもう昨日挨拶してあるから、とエースは昨日船尾につけておいたストライカーに乗り込もうと、ラウンジを出た。

ラウンジから出て行くエースの姿を見送ったとき、サンジは、あ!と声をあげるとキッチンに急いで走った。


「今度は、いつ会えっかなァー。」
後ろ髪を引かれる思いで、ゆっくりとした足取りで歩いていたエースに後ろから声がかかった。
「お兄さん!」
パッと後ろを振り向いたエースは、手のひらに小さな箱を持つサンジと向き合う形になる。
それは、色鮮やかなオレンジ色のリボンで飾られた綺麗な箱だ。
「どうしたの?」
「うん、あのさあ、おにーさんて、1月1日が誕生日なんだってな?」
「え、」
エースは目を丸くした。
自分はどこかでサンジに言っただろうか。
「ルフィに聞いたんだ、めでたい日だって騒いでてさ、おにーさんはいなかったけど、ケーキも作って食べたんだ。」
思わぬ言葉にエースはぽかんとしたままだが、サンジは始終笑みを浮かべていた。
どこか幼げな言葉で淡々と、だが嬉しそうに話すサンジにエースは胸に温かいものを感じて、思わず頷く。
「そんで、明日はバレンタインデーだから、チョコ用意してたんだ。綺麗にラッピングもした。」

エースはサンジの言わんとすることがいまいちわからず、うん?と先を促す。

「一ヶ月以上遅れてるが、誕生日プレゼントだ!クソうめえぜ?」

同時に差し出された箱のリボンがふわふわと揺れた。
次の瞬間、サンジの優しさに溢れた誕生日プレゼントと、花が開くようなその笑顔に、エースは目を見開く。腹のそこから狂おしいほどに愛しさがこみ上げてくる。


おれは確かに、こいつに会いたくて、こいつに焦がれて、ここに戻ってきた!


このまま抱きしめてしまおうとする衝動を必死に抑えて、サンジの手からそれを受け取ると、腹のそこからこみ上げてきた愛しさをそのままに、心を込めてサンジに囁いた。

「ありがとう、サンジ。」

たった二言の言葉に、感謝も愛しさも苦しさも全部ない交ぜに。

「また来るよ、すぐ。」





「サンジー!飯ー!!!」
勢いよくキッチンに入ってきたルフィはサンジに抱きつきながら、エースの姿がないことに気付いた。
目をきょろきょろさせるルフィにサンジは先回りして答えてやる。
「エースなら一時間くらい前に発ったぜ?」
「なんだあ、最後にもう一回腕相撲してもらえばよかったなー。」
別れ際に腕相撲かよ、とサンジが笑う。
そして、エースの言葉を思い出したサンジは笑ってルフィに伝えてやった。
「また来るってよ、お兄さん。」
「エースが言ってたのか?」
「おう、またすぐ来るって言ってた。」
「そうか!にしし、そりゃ楽しみだな!」
エースとの再会を楽しみにする裏のない笑顔にサンジは笑みを深くした。
またすぐ来る、と言われてサンジは嬉しい、と思った。

ルフィが他のクルーを起こしに行ったのを見届け、ふう、と一息入れる。

「・・・・・・また来るよ、すぐ。」

声に出してみて、あのときのエースが、ずいぶんと穏やかで暖かみのある笑みを浮かべていたことを思い出したサンジは、疑問符を浮かべながら頬に赤みが差すのを感じた。

恋の予感に、真冬の風は心なしか暖かく、頬をくすぐる。





to be continued. ⇒3月

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