::3月 3月。まだ2月の寒さを残しつつそれでも日が昇る昼は陽気な季節。 そんな時に、またエースはやってきた。 「おーい!」 突然どこからともなく聞こえた声にぎょっとする間もなく、前と同じように突然エースは目の前に現れた。 しかし今回は二人きりではなく、クルーみんながデッキで食事を楽しむ最中だ。 ルフィの給仕に忙しくしていたサンジは突然の来客に唖然とする。 「エース!」 サンジの意識はルフィの声によって戻された。 ハッとしてエースを見ると、それは先月会ったエースと何も変わらなくて、なぜかほっとする。 理由のわからぬ安心感はさておき、突然の来客に出す昼食を用意する料理人サンジだった。 エースはポカンとするサンジの表情に一層笑みを深くする。 一ヶ月ぶりくらいのサンジだが、やっぱりまた何も変わっていない。綺麗な金髪は変わらず毛先まで潤ってるみたいにきらきらだ。 背負ったリュックにそっと手を忍ばせたエースは、くくっと笑った。 「そうだルフィ。」 「なんだ?」 エースもお言葉に甘えて、とデッキでの昼食に加わった。 人として普通じゃない量を平らげながら、普通の会話をするエースとルフィ。ほかのクルーの面々は見慣れた光景だと言わんばかりに自分たちの分を守りながらおいしく食す。 「これからちょくちょく来るぜ、この船によ。」 ゴクンと勢いよく口の中のものを飲み下したルフィが聞き返した。 「なんでだ?」 エースも口の中のものを飲み込み、口元を手で拭うと答える。 これも、汚い食い方すんな!くちゃくちゃ音立てて食うな!口の中に食べ物入れたまま話をするな!というマナーを重んじるサンジのお叱りあっての効果だ。 「おう、ちょっとな。ま、船長のお前には言っておいたほうがいいと思ってよ。」 ふーん・・・?と疑問の残るルフィは片眉を上げて自分の兄を見た。 いくら見てもそばかすに混じって散らばる米粒に目が行くばかりで、エースの考えは読めない。 結局、そう言ったきり残りのご飯を片っ端から口に掻き込むエースに慌てて、ルフィも自分の分を口いっぱいに頬張るのだった。 「あれ、お兄さん、」 昼食の後片付けを終えたサンジがラウンジに入ると、ソファでくつろぐエースが目に入った。 エースもサンジに気がつくと、おもむろにソファを立つ。 「今日の料理もおいしかったよ。ごちそうさまです。」 テンガロンハットを外して深々とお辞儀をするエースにサンジは思わず気が抜けて笑ってしまう。 それに気づいたエースもへへ、と笑いつつ姿勢を戻した。 「いやほんとに。サンジちゃんには世話になってばっかだから。この前も、―――チョコ、おいしかったよ。誕生日を祝ってもらえるなんて思ってもみなかった。」 常々律儀で礼儀正しい男だとは思っていたが、改めてこうまで礼を言われるとサンジもさすがに照れる。 火をつけかけた煙草を胸元の箱に戻すと、エースに向き直った。 向き直ったサンジに照れたのかエースも口元をムズムズとさせながら、頭を掻いた。 「うん。そんで、お礼と言っちゃなんだけど、これ。」 そこでサンジは身一つでやってきたと思っていたエースがリュックを持ってきていたことを知る。奇抜なデザインのそれに目を奪われていると、ごそごそとリュックから何かを取り出したエースがサンジとの距離を縮めていた。 そのままほい、とサンジの手に何かが乗せられる。 「――なんだ?」 エースから手渡された小さいながらも予想外の重量感を持つものにサンジは瞠目した。 それは銀色に光るシルバーアクセサリーで、燃えさかる炎のエンブレムを象ったものだ。シンプルだが細かいところまで細工が行き届いた上質な品だと一目で分かる。 サンジは派手な装飾品を身に着けない分、シンプルでいて重厚な印象を与えるそれに引き付けられた。 そんなサンジに気づいたのか、エースが一息ついて微笑む。 「サンジにお礼したいなって思いながら市場見てたら露店で見つけたんだ。サンジ、いつもパンツにチェーンつけてるから、それに付けられるようなのにしたんだけど。」 エースの言葉に改めてそれを見てみると、確かに目立たないがアクセサリーの先には、連結用の小さなフックのようなものがついていた。 ぼーっとしばらく手の上に乗ったそれを見つめていたサンジだが、え、と声をあげた。 エースが、ん?とサンジの顔を覗き込む。 「これ、おれに?」 身長的に少々見上げる形になることを気にする間もなく、目の前に迫ったエースの顔にわあ、とサンジが一瞬よろける。エースはよろけたサンジの腰と手をごく自然に支えると、そのままサンジの手のひらに乗せられたアクセサリーごと包み込むように手を握った。 「うん、気に入らなかったかな?」 サンジはとんでもないと首を横に振る。 「すげーかっこいいよ、これ。シルバーアクセサリーって薔薇とかドクロとか多いけど、こういうエンブレムのほうが好きだし、」 でもおれは、お返しがもらいたくてあのチョコを渡したんじゃない、と言おうとしたサンジだったが、純粋な好意でものをくれたエースに弁解する気持ちで口に出すと、気に入る気に入らないと、そのプレゼントを受け取るか受け取らないかというものは、全く別の話だと思うが、なんとなくその話の流れではやはりもらうことになってるな、とサンジは頭の片隅で思う。 実際、サンジがエースに誕生日プレゼントだと言ってチョコをあげたときの気持ちと、エースがいま自分にアクセサリーを差し出した気持ちは似ている気がした。 言っているうちに、やはりそのアクセサリーはとても魅力的なものだと気づく。 エースがくれると言ってるんだから、素直にもらったほうがいいのかな?と思ったとき、エースがサンジの顔を覗き込んで満面の笑みで言った。 「ぜひもらってほしい。サンジに。」 その瞬間、確かに笑顔なのに、有無も言わさぬ空気も纏うエースにサンジはこくりと頷いていた。 「よかったあー!」 頷くと同時にパッと手は離され、嬉しそうなエースの声が聞こえる。 心から喜ぶエースの姿にサンジもじわじわと嬉しい気持ちが沸いて、エースに笑顔を向けた。 「うん、ありがとうお兄さん。」 向けられた笑顔にもうたまらなく嬉しくなって、ぱああ、と更に笑顔を輝かせたエースだが、サンジが、「大事にする。」と言いながら手の中に納めたそれを見つめたとき、きゅううう、と胸に甘酸っぱいものがこみ上げてきて思わず目をぎゅっと瞑った。 エースがサンジに恋をしてから、幾度となく感じるものだった。 それから二言三言交わしたあと、もう行くね、と言ってエースは笑って手を振った。 しばらくしてエースの消えたラウンジにルフィが入ってきた。 「お、ルフィ。おにーさん、行っちまったな。」 相変わらず慌ただしいっていうか、おもしろいお兄さんだな、と、サンジが煙草をふかす。 「おー。今日は腕相撲してもらったぞ!」 元気よく返事をするルフィにサンジは笑う。 「そーかそーか、よかったなあ。また来るといいな。」 サンジの笑顔にルフィも嬉しげだったが、最後の言葉に首をかしげた。 「サンジ、聞かなかったのか?」 「・・・何をだ?」 不思議そうな顔をするサンジに、ルフィはだんだんと眉間に皺を寄せる。 「・・・・・・いや、なんでもねえ。エースなら、また来るさ、きっとな。」 「?ああ、そうだな。」 珍しく歯切れの悪いルフィにサンジも首をかしげる。 だが、ルフィがそこで話を切ってしまったのでそれ以上聞かずにその話は終わった。 この前お兄さんが来たときはもっと喜んでたよな? 腕相撲、負けたのか? としばし思考を巡らせたサンジは、自分の手の中でちゃり・・・と音を立てた、先程エースからもらったアクセサリーに気づき、口角を上げてそれをもう一度ぎゅっと握った。 そうだ、せっかくだし言われたとおりチェーンに付けるか、と思いついたサンジはルフィに一声かけてから男部屋へと戻っていった。 ラウンジに残されたルフィは、普段使うことのない脳みそを全力で回転させていた。 なんでエースはあんなこと言ったんだ? なんでサンジには言わなかったんだ? エースが、これからちょくちょく来る、っておれに言ったのはデッキで飯食ってたときだったから・・・サンジはあの時ちょうどデザートを取りにキッチンに戻ってた。聞いてないのは、あの場にいなかった証拠だ。そんでもって、サンジ以外はあの場で飯を食ってた。ということは、聞いてないのはサンジだけだ。 別に内緒話してたわけじゃねえし、他のみんなには筒抜け、聞こえてたはずだ。 この前エースが来たときは、また来るってサンジに言ってたのに。 結局エースがこれから来るようになる理由だって曖昧にされて聞いてねえ。船長だから聞かせといたほうがいいってどういう意味だ? この船に関わる大切な用事があるってことか? うーんうーん、と考え込むルフィだが一向に答えは出ない。 だがしかし、持ち前の野生の勘はこれから起こることが、自分にとって決して良いことではないのだと訴えてくる。 だからこそ、エースの言葉を結局サンジには伝えずに話を終わりにした。 ルフィにはこの些細な日常の出来事が、めんどくさいとか、腹減ったとか、眠いとか、そういったことに気を取られて解決しなくてもいいような問題に思えなかった。 実際、その日のルフィの堂々巡りの思考は、サンジから、夕飯だぞ!と頭を叩かれるまで続いたのだ。 to be continued. ⇒4月 |