足りない、足りない 1
しおりを挟むしおりから読む目次へ








 それは彼との約束を翌日に控えた、休日前夜のことだった。

『ほんっとーにゴメン!』

 翌日に会う約束をしていた彼から、キャンセルの電話がありました。聞けば、締切間際のレポートに手こずっていて、提出期限に間に合いそうにないとのこと。

 同じ高校に通っていた頃の彼は所謂、優等生で。そういった提出物に手こずる姿も、締切直前になってあたふたする姿も見たことはなかった。頭も要領もいい彼は、その類のことはホントそつなくこなしていたんだ。

 その彼が慌てている――それは非常に物珍しいことで、わたしは電話を受けながら思わず目を瞬かせてしまった。いつも真面目で律儀な彼が前々からの約束をキャンセルするくらいだから、よほど追い詰められてるんだろう。電話口で繰り返される謝罪の言葉を聞きながら、何だか気の毒になってしまって。

 そんなわけで。わたしは快く、そのキャンセルに応じたのです。確かに、快く。心から、快く。それは間違いのないことなんですが。

 でも、――でもね?


*  *  *


「――うーん……」

 本来なら一緒に映画を観に行っていたはずの、その当日。ぽかぽか陽気の午後。

 わたし――綾部美希は、彼氏である成瀬新の自宅の前に立っていた。

 右手はインターホンの高さまで掲げて、左手には白い箱を携えて。

 ちなみに、箱の中身は近所の洋菓子店で買ったケーキが数種類。小ぶりだけど美味しいと昔から評判で、わたしが小さいときから大好きなもの。それにちらりと目を落とし、ため息をつく。

「何やってんだろ、わたし……」

 呟いて、上げたままだった手を下ろした。そしてきょろきょろと辺りを見回し、またため息。幸い周囲に人はいないけど、かれこれ十分近く、この場に立ち続けているわたしは怪しいことこの上ないはずだ。

「……やっぱり帰ろうかなぁ」

 怖じ気づいてこぼしてみても、結局足は動かない。それはそうだ。だって、会いたくて来たんだもん。

 デートの予定をキャンセルされたわたしが今、何故ここに――成瀬の家の前にいるのかと言えば、ひとえにそれが理由だった。急に暇になってしまった休日。そういうときに限って、朝早くに目が覚めてしまったり、やたら天気が良かったり――ともかく一人で鬱々と家の中で過ごすのがとても罪深く思えて、わたしはとりあえず出かけることにしたんだ。


- 351 -

[*前] | [次#]






「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -