アヤメが道案内中の、紫色の瞳が印象的なその男は、恋人を前にした時も嫌そうな顔をしていたが、それはまだわかるとして、小さな子連れの家族に対してそこまでいうとは思わなかったアヤメは、思わず男の方を向く。
「俺家族とかいないからさぁ。恋人に関しては死んでも欲しくもないし」
『家族、いないんですか?』
「君は?」
ーーそのただの質問と、まっすぐ自分を見下ろす紫色の瞳が、やけに怖くなった。
私は、
わたしにはーー。
当たり前のように「います」と応えればいい。見ず知らずの、道案内をすれば終わる、それだけの関係の相手なのに。
「顔色悪いけどダイジョーブ?」
ーーー、ーー。
アヤメは何も答えられず、視線は男の腹部まで落ちた。
「アイツらを見て羨ましいと思ったんじゃないの?自分の持ってないものを当たり前のように持ってる人間を見てさ。ムカつくよねェ?何もかも持って生まれた人間が何も知らない顔で目の前をふらついてんの」
『………あなた、誰なの?』
男は核心をついたようなことばかり言う。口調も雰囲気も変わった。
アヤメは落としていた視線をもう一度男に向けると男はニッコリと笑っていた。
しかしその眼はまるで獲物を見つけた獣のように光っていた。
「ねぇ君俺の恋人にならない?」
ーーこの男は危険だ。そう本能が叫ぶ。アヤメはとっさに下がって距離をとった。
『さっき死んでも欲しくないって言ってましたよね。貴方は何者ですか』
「そーんな警戒しないでよ。オレは別に君と仲良くなりたかっただけなんだからさ。ーーまぁいいや、そろそろ飽きたし」
『な、』
「じゃあね、氷晶の錬金術師さん。また会いにきてあげるよ」
『!ーー待って!』
その男は最初からアヤメを知っていたらしい。何者かはわからないが、彼は絶対に危険な人物だと胸が騒ぐ。
アヤメの伸ばした手は届かず、地を蹴り跳ね上がった男。その体はどういうわけかそのまま建物の屋上へ跳んだ。人間とは思えない跳躍力ーー錬金術師か。
とにかく追いかけるしかない。
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