テスト期間19-治編
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「はよ」
テスト3日目。
バス停のベンチに座って自作マネージャーノートを読んでいると、砂利を踏む足音と共に頭上から声が聞こえた。はなこが顔を上げると、寝癖マックスの治がこちらを見下ろしていた。
今日も朝練がないので、はなこも治も制服を着ている。普段と変わらないのは首に巻いたマフラーやスクールバックくらいだ。
『ツムは?』
朝のこの時間に片割れの侑がいない理由は聞かなくても予想がつくが、取り敢えず聞いてみると、やはり予想通り「寝坊」とかえってきた。
ちょうどバスが来て、侑の遅刻が確実になる。
『あれ?サム、アランくんおらへん。アランくんも寝坊なんかな?』
「ほんまや」
いつものように二人はバスに乗り込み、間後ろの方の席に二人で座った。スクールバッグを膝の上に置いた直後、なんの躊躇もなく治ははなこの頭にもたれかかった。
「着いたら起こして」
『重。いやや、自分で起きてな』
「頼むで」
はなこの意見など聞かず、治は完全にはなこに体重を預けて寝る体制に入った。侑がいない時は絶対にこれをする。いる時は治だけにいい思いをさせまいと必ず邪魔をしてくるからだ。
双子と付き合いの長いはなこの一日は忙しい。
朝は枕にされたり、学校では突然始まる双子の喧嘩を収めたり、すでに成績がヤバイ侑がこれ以上単位を落とさないよう見張る。
夕方はマネージャーとしての仕事をし、帰りのバスでは昼間残しておいたおにぎりや、持ってきたお菓子を腹を空かせた双子にせがまれながらもなんとか食べたり。はなこの一日はだいたいそんな感じだ。
『あ、そうや聞いてや』
はっきり言って、もう慣れている。
左手と右手で同時に違うことをやるような毎日も、双子最大のモテ期が到来した中学の時に、いつも一緒にいるからと、嫉妬した女子軍団に意地悪をされたり、高校に入学して、双子を初めて見た一年や先輩達に「しね」「ビッチ」などと、現在進行形で暴言を吐かれるのも ーー ぜんぶ。
『なー、めっちゃ聞いてほしい話があんねんて』
もたれてくる治の前髪が耳にはモロ、頬にはチクチク当たる。
はなこがしつこく声をかけると、眠りに落ちかけていた治ははなこにもたれたまま、不機嫌そうに「…なに」と答えた。
『あ、そうや。次のバス停でサムのこと好きな子乗ってくるで、一年の』
「……知らんわ」
そんなしょうもない話で起こしたんかと言いたげな、少し掠れた声ではなこをあしらうが、その少し後で「…なんでそんなん知っとん」と気になったことをはなこに聞く。
『昨日やっけ。一昨日?…昨日やわ。あんな、
昼休みにツムと購買行きよったら、先購買おったサムのこと見とる一年の女の子らーがおって、ツムがサムんとこ走ってはなこが一人になった瞬間その子らーが話しかけてきてさ』
起きているのに、未だにもたれかかってくる治にはなこは、『寝ーへんならもたれんでええのに、重たいし』と思いつつも話を続ける。
『「同じバスやから朝からいっつも見るんですけど、侑先輩おらへん時、絶対治先輩とくっついてますよね」って言われて、朝からデカイのに枕にされとんねん…て言うたらな、なんて言うてきた思う?』
「……「私も治先輩のマクラになりたいです」」
今日まで他人の比にならないくらいにモテてきた人間だから、それを自覚しているのは100歩譲っていいとしても、その自意識過剰というかナルシストっぽいところは、流石侑より大人しく、おっとりして見えても同じDNA。
『アホちゃん、侑やん』
思わず吹き出したはなこ。
当然そんな話を聞こうが、この話の結末がどんなものであろうが治に退く気は微塵もない。
『正解は「先輩噂通りのビッチで笑うわぁ」でした』
ーー 今度は治が吹き出す。
はなこの表情と声には怒りも悲しみもない。慣れているからだ。要するになんとも思っていない。" 昨日あった出来事 "を淡々と話しているだけ。
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