テスト期間17-中学双子編
.
『だって、侑が一番頑張っとるやん……一番研究して、一番練習して、…いちばん……いちばんしとるのに』
ーー 侑は目を疑った。
はなこが突然、前を向いたまま表情を変えずにボロボロと大粒の涙を流して泣き始めたからだ。
『…セッターって……チームの司令塔やんか……勝つために…トスあげて……チームのために…やってんのに……アカンかったから、ツムが怒っただけやのに………』
はなことの付き合いが長い筈の侑も、はなこが泣いたところなら何度か見たことはあるが、こんな風にボロボロ泣くはなこは初めて見た。
「えっ…、ええ!?ど、どないした?なんでお前が泣いとん…!?」
『だって…』
実質幼馴染とはいえ、侑の事で泣いているはなこに侑自身は驚きが隠せない。
かといってここで大声を上げれば、チームからよく思われていない上に、思われようとしていない自分の事だ、はなこを泣かしたと言われかねない。
侑はいじっていたボールを静かに自分のとなりにおくと、はなこの顔を心配そうにやや覗き込んだ。
『ツムの言い方がキツイんはわかるで、でも……でもツムは……ツムは誰よりも頑張っとるやもん…』
勉強もスポーツもできる上に容姿もいいあのはなこが、まるで5歳児の言い訳のような話し方で同じ事を何度も話している。しかも、自分の悩みとか悲しみとかではなく、侑の事で泣くものだから、侑は更に混乱した。
でも、だんだんとはなこが言いたい事がなんなのかが分かってきた。
確かにチームメイトを責める口調は強いし、その内容に容赦はない。だとしても、侑は誰より頑張っている。
どちらが合っているかはその人の考え方にもよって変わるし、普通は侑が悪いという考え方の方が多いだろう。
『やからな……はなこな、』
「うん」
体育座りをして、元から小柄な体を抱きしめ更に小さくなったはなこは『…あのひとら、きらい。ツムのこと、なんもわかってへんもん…』と涙目で口を尖らせている。
はなこも多くの人が侑を悪いというだろうという事も、その正しさも分かっている。
分かっている上で、それでもはなこは親友の侑を贔屓していた。
「せやな」
ーー それがわかった侑は、今までに感じたことの無い嬉しさを味わった。
「俺な、誰も文句言えんくらい、もっと上手なったんねん。文句言う奴はどこにでもおるけど、そう言う奴がまだようさんおるいうことは、俺もまだまだってことやねん」
『…うん、』
はなこを見て、どこか大人気な表情で話すと、「俺のこと言う奴にムカついて泣いてくれたん?」と期待に満ちた照れ顔で侑は聞くが…
『……いや、なんか知らんけど感情的になったら泣いてまうねん。確かにムカつくけど、侑が口悪いんもわかるし、オマケに侑なんとも思ってへんし…でもムカつくし…』
「いや、長!?そこは素直に「うん」でええやん!?」
ーー はなこはまだ、自分が侑を贔屓していることを自覚していないようだった。
『でも、侑に今の態度変えて欲しいとか、チームメイトと最低限仲ようしてとか、はなこには言えれへんなと思って』
「…??なんで?お前やったら俺に容赦なく言えるやろ」
『いや、そうやなくて…失礼やと思うねん。人より頑張ってる人間に、仲ええからって、先輩に頼まれたからって、言うてええとは思えれへんていうか』
また、まっすぐ前を見て話すはなこに侑は耳を傾ける。
侑はこの時、このはなこに、自分と似た"なにか"を感じた。他の人が持っていない考えというか、価値観というか、信念というか。
陰口を言っているような選手たちと、自分もそうだがはなこもそれらが根本的に違っているのだとはっきりと分かった。
『…でも、あとで怒られるん嫌やから、誰かに聞かれたら言うたっていうといてな。はなこがちゃんと言いに来ましたよって』
「いーや、言わへん。俺のことでハナがなんか言われたら俺が言うたるわ」
『…なんて?』
「俺の殺人サーブ当てたろか、て」
『ふふっ……。ホンマに死人出るからやめた方がええんちゃう?ツムサーブの耐性あるんサムくらいやで』
「アイツは俺のサーブ食らっても生きとるからなぁ!人間ちゃうわ!今度こそ仕留めたる!」
『なんの勝負なん』
「アイツには何事においても負けられへん!」
『勉強も?』
「ぐぬぬ……!勉強は別や!バレーやバレー!
ええかハナ!よう見とけよ。俺が誰よりも上手なるとこ!」
この日、燥ぎながら笑う侑とはなこの、絆と信頼関係はより深いものとなった。
『……うん』
.
← ∵ →