キツネのお正月11
.
はなこに謝りに行こうと決意した侑と治が「新年最初のランニングに行ってくる!」「ちょっと遅めの!」と言って半ば強引に家を出たのは21時15分を過ぎた頃だった。
家の前まで行くから出てこれるかとはなこに送ったラインは既読無視。やっぱり怒っているに違いないと二人は寒い冬の夜空の下、覚悟を決めた。
・
・
「「!!」」
『…』
はなこの家の前にはすでに、はなこがいた。部屋着の上には今の侑と治が着ているのと揃いの稲荷崎のゴアテックスと、分厚いマフラーを巻いていた。
怒りも喜びも悲しみもない無表情のはなこに、侑は苦笑いで控えめに尋ねた。
「……はなこ…まだ、怒っとる?」
『…………怒っとるよ』
「「ゲ…」」
ただまっすぐ先を見ていたはなこがしっかりと侑と治を見てそう言うと、二人はブルっと肩を震わせた。
『お風呂入った後に、マフラーもせんと上着だけ着て走ってきたことに怒っとる』
「…それは、」ーー ツムが。といいかけた治だったが、謝りに来た原因が兄弟喧嘩だったということを思い出し、すぐに止める。
『二人は、謝りに来てくれたん?』
「…まぁ、せやな」
バツの悪そうな顔をした治が目を逸らしてそう答えると、はなこは長いため息を吐いた。吐き出された息がもくもくと白くなる。
『そんなん明日でええやんか』
「いやでも、な?お前まだ泣いとるかなー…思て」
はなこの顔色を伺いながら侑はこの場では言い訳にしかならない本音を言った。
『…』
「…」
「…」
三人が暫く黙った後、はなこはふふっと笑いながら二人の方へと歩ゆみ寄って行く。
『…あのな?私もカッとなって要らんこと言い過ぎたなって思って。ホンマは明日謝ろう思っててん。でも、どっかのおバカさん二人はこんな時間に来てまうし。二人が体調崩したら、はなこも怒られるんやで?』
「なんではなこが怒られんねん?」
『さぁ。実質幼馴染やからかな』
二人の前まできたはなこは話しながらマフラーをぐるぐると外して行く。
「なんで二本も巻いとん?」
はなこマフラーをとったはずなのにその下にはもう一本マフラーが巻いてあるではないか。
不思議に思った治が問うと、はなこは一本を侑に、もう一本を治の首にかけた。
『なんでやろな?』
目を細め、白い息を吐きながらフフフと機嫌良さげに笑うはなこ。
ゴアテックスは着ても、マフラーなんて巻いてこないだろうということははなこにはお見通しだったわけだ。
鼻を赤くして笑っているはなこに、侑はニッコリと笑って「ありがとうな」と素直に礼を言った。それはそれは嬉しそうな顔で。
それに続いて治も「ありがとう」とはなこに掛けてもらったマフラーを巻きながら満足気な顔で笑うのだった。
はなこが家に入った後、二人の鼻も耳も寒さで真っ赤になっていた。
「俺ちょっとウルってきたわ。いや、ドキっとかな?」
「…はなこ、俺らのことなんでもお見通しなんやな」
ーー でも、不思議と寒くはなかった。
むしろ心は羽根のように軽く、とても暖かかった。
.
← ∵ →