「本当に良いのね?大丈夫?」

再三聞いた主の確認の言葉に、震える拳を握り締めながら頷いた。

永久近侍の初期刀も気遣わし気にしているけれど、ずっと待ち望まれている刀の顕現を自分の事情でこれ以上先延ばしにはしたくなかった。

それにいざ対面したその刀をどう思うのか、感じるのか、実は自分にも分からなかった。

だから、いずれ必ず向き合わなければならないのなら、新刀が多くいる今の時期の方が練度上げもしやすく本丸にとって都合が良かったから、それを理由に一歩踏み出すきっかけにしたい。

決意を込めてそう言うと主は頷いて、持っていた刀に霊力を込めた。


桜が舞う。

そっと瞼が持ち上がり、薄い唇から音が溢れて、

「ーーー」

それが耳に届いた瞬間彼、
鯰尾藤四郎は鍛刀部屋から転げるように逃げ出した。



***

一期一振は激怒した。
必ず、かの邪智暴虐の審神者を除かなければならぬと決意した。

「その審神者ならすでに政府の豚箱だから落ち着け一期」

「ですが鶴丸殿!!」

鯰尾の勇気の一歩は失敗に終わったらしい。
ダンっと拳を下ろした衝撃で茶が跳ねた。鶯丸に怒られるぞ。

顕現した瞬間、最初に目に入った弟に全力逃亡を決められた長兄の傷は深い。
その後に駆け寄ってきてくれた弟達との対比もあってさらに辛い。

本刃が「他と区別を付けて扱われたくない」と希望したために、彼の事情は鯰尾より後に顕現した刀剣には何かしら勘付いて聞いてこないかぎりは黙秘することになっている。

そのことは特に問題はないのだが、

しかしさすがにあんまりな態度を取られた一期が有らぬ誤解を主に抱く前に、と鯰尾のブラック本丸事情についてあらかたの説明がなされた。

2200年代において現世の御物として300年あまり付き合いある鶴丸が責任持ってそのブラック本丸の最期を見届けたと聞いて、憤懣やるかたなしと握った拳は行き場を無くす。

未解決ならたとえ顕現したてであろうとも審神者もろとも同位体をへし折ったのに……!

一期一振は弟を守らぬ同位体への殺意の波動に目覚めた。
その殺意はぜひとも遡行軍相手に発散していただきたい。
演練はちょっと理不尽すぎて相手が可哀想だから自重しよ?

「というかつる兄ってなんですかつる兄って。乱や秋田だけじゃなく骨喰、鯰尾にまで呼ばれてましたな!?」

「おっと矛先がこちらに向いたな?まあそうなる予感はしてた」

「つる兄に絡むなよいち兄」

「薬研まで!」

「君めったにつる兄呼びしないのになぜ今呼んだ?」

愉快犯および確信犯である。

「兄の座は渡しませんぞ!!」

「奪おうとは思ってないんだがな……」

困ったように首をかく鶴丸のフードの中、五虎退の虎がぷしっと小さくくしゃみした。

「五虎退の虎までそんなところに!!」

「いち兄ステイ」

うちの一期は個性が強い。
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