や、ややややっ

「薬研、やげーーーん!!」

「うわうるさっ」

叫んだ山姥切が障子戸を蹴破る勢いで飛び出して行く。
あまりの勢いに動揺していた心が嘘のように落ち着きを取り戻した。自分より取り乱す人を見ると冷静になるってホントだね。


担当殿が倒れた。おそらく謝罪する流れで頭を下げたんだろうがその頭が不自然にぐらついて、無意識に湯呑みを倒さないようにしたんだろう。ちゃぶ台に手を付いて崩れるように畳に倒れた。

額に手を当てる。そこまででは無いと思うけど、微熱くらいだろうか。
近くで見ると分かりやすいが、やっぱり顔色が悪けりゃ目の下のクマも濃い。
若い女性に言うのは申し訳ないけど肌の状態も良くないな。
眠れてないんじゃないかこれ?

「鶴丸!薬研連れて来た!」

「助かっ、いや君連れて来たっていうかなんて持ち方してるんだ」

「ちまたじゃお米様抱っこって言うらしいぜ」

親指を立てる薬研はそういうのどこで覚えて来るん?え、乱?あの子はあの子でまた変なことを……。

「で、担当が倒れたって?」

「あぁ。これは風邪というよりおそらく疲労だな」

疲労ってより過労だね。人間だった頃に私も実は経験あるから分かるよ。辛いんだこれが。
あ、別に職場がブラックだったわけじゃない。上司も同僚もいい人達だった。ただ業務の量と内容が凄まじかっただけで。フフフ……。

「政府の病院があったろ。急患じゃないとは言え倒れたとあっちゃあまりこっちで勝手するわけにもいかねぇだろうから、大将に連絡してもらおう」

「あのっ今こんのすけに連絡して貰いました。5分ほどで来るそうです」

ちょうど駆けつけた主が言う。そりゃ山姥切があんだけ大騒ぎすりゃ駆けつけるよね。


そしてきっかり5分。
現世じゃ救急車が駆けつけるが、本丸にそんなものは走らない。
その代わりに担架を持った刀剣男士と医者が来た。
ちなみに救急車に乗ってるのは医師でも看護師でもなく消防士な。

2200年製の便利そうな機械を使って軽く診察をする医者から時折投げられる質問に答えていく。
タブレットに入力されたカルテを見てうんうんと頷くと一言。

「過労です」

だろうね。

「軽い栄養失調もありますね。入院して貰って点滴打っておきましょう」

「よろしく頼む」








翌日、私と主で担当の見舞いに来ていた。

過労ならば花より食べ物の方がいいだろうか、と万屋の店員に相談して決めたゼリーの詰め合わせを手に初めて足を踏み入れる政府の病院区域。

現世の病室と同じく、薬品と消毒の混ざった独特の匂いがする。

医療部といっても様々あるらしい。人間専門は勿論、刀剣男士の不調などを担当する場所もある。
そんな細かく区分けされた一角に、担当殿は入院している。

「あっアレルギーの有無を確認し忘れました」

「アッ」

病室近くまで来てから思い至ったそれに二人揃って項垂れた。

「_____体調管理も出来んとは、ちょっと頭の出来が良かっただけのお嬢様はこれだから。だれが空いた穴を埋めると思ってるんだ?周りの迷惑も考えたことは無いんだろうなぁ?」

飛び込んできた言葉に顔を上げた。
刀剣男士の聴力じゃなくてもこの静かな病棟じゃよく聞こえる。

どうもうちの担当官の病室から聞こえてるようなのだが??

廊下にいる他の見舞い人や看護師たちも眉を潜めている。

「あーあー上司があくせく働いてるってのに、部下はベッドの上でゆったりか?ああそれとも、ここで上司様の疲れを癒してくれるのかな?」

「聞くに耐えん!!!」

バンッと音を立てて病室のドアをスライドさせた。

パワハラにセクハラの現行犯!!御用改めだ!

ギョッとした顔でこちらを見る担当とその上司と思われる男。
特に特徴らしい特徴もない、中年男性と聞かれればパッと思い浮かべるような男だった。

「鶴丸国永!?」

「随分と横暴なことを言うじゃないか」

「所属はどこだ!審神者は!」

しまった、つい突撃してしまったが主に矛先が向くか?出て来ないでくれよ?と内心祈ってると背後で誰かが主を匿ってくれた気配を感じた。多分さっき廊下で近くにいた宗三左文字だろう。主に危害を加えるつもりじゃなさそうだし、空気読むの上手そうだ。あまり遠ざかる気配もなくありがたい。

「どこでもいいだろう。それより倒れるまで働いた部下にかける言葉がそれかい?」

「関係ないだろう!」

やれやれ、怒鳴るしかできないのか。と呟いて、ぐるりと腹の中で渦巻いていた怒りを露出させた。

「言葉に気を付けろよ」

サッと男の顔から血の気が引く。

「俺は、今とても頭に来ている」

担当殿より権限を持つだろうこの男に私のせいで本丸が目をつけられることは避けたいから、自分たちの担当を侮辱されて怒っているのだと明言できないのが悔しい。
会って数時間だが、私は彼女を気に入っている。もっと権力ある立場なら……とありもしないifを思うほどには。なんというか、そう、たぶん前世で優等生拗らせてた次女に似てるのだ。

「神の怒りを買うことがどういう事なのか、分からないほど愚かではないだろう……それでもまだ何か言いたいことがあるのなら続けるがいい」

ハクハクただ空気を求める鯉のような男はやがて、覚えてろ!なんてテンプレなセリフを捨てるように吐いて去っていった。

さて、数多いる鶴丸国永の中から主の顔も分からない状態でどうやって私を見つけるつもりかね。まあ特定されてもしらばっくれるが。

「良く吠える犬ですね」

ふぅとため息混じりの艶声。
宗三左文字が主の肩に手を置いて立っていた。

「すまん。どこの宗三か知らないが助かった」

立ち居振る舞いからして相当練度は高そうだ。このエリアにいるということは彼の審神者が入院でもしてるんだろうに、他所の審神者を匿ってくれたことには感謝だ。

「気にしなくていいですよ。耳障りでしたし、貴方がやらなければ僕がやってました」

「君がか?」

「ええ、そこの彼女はほんの少しの間だけでしたが僕の本丸の前担当なんですよ」

驚いたな!まさか偶然にもそんな関係の刀が居合わせるとは。けどそんなコロコロ担当て変わるものなのか?

上司に起こされたのか、起きたところに上司が来たのかは分からないが上半身を起こし、昨日より多少顔色の良くなった担当殿が頭を下げた。

「玉木本丸の宗三左文字様でしょうか。お久しぶりです」

「ええお久しぶりです。貴方、ああいうのは言い返しなさい。あの類の男は黙ってればつけ上がる一方ですよ」

「分かってはいるんですが……厄介な後ろ盾持ってまして」

ああ、そういう……。コネでのし上がったタイプか。めんどくせぇやつじゃん。
審神者しかり役人しかり、この業界は一度入ればよほどでないかぎり抜けられないらしいから、下手するとずっと針の筵で生きていくことになるのだろう。やっちまったかもしれない。

「す、すまない。余計な事をしただろうか」

「いえ!ありがとうございました。あの人は口だけ達者なタイプですので、ネチネチ言われると思いますが直接的な危害は加えてこないでしょう。それに、あれはまだマシな部類の上司ですので」

「あれで!?」

私と主、宗三まで声をそろえた。
担当は苦笑する。

「ともあれおはようございます、稲葉様。先日は本丸内で倒れるなどという失態を犯し申し訳ありません」

「え!い、いえ別に」

「もし倒れたのが上司の前でなら休ませてももらえなかったろ。それを思えばむしろ本丸で良かったさ。なあ主」

「はい。ああの、これお見舞いの品です!」

「お気遣いありがとうございます」

「い、いえ……?」

面談の時とはずいぶんと変わった当たりに首を傾げる。主、それは思っても態度に出しちゃダメなやつ。
この辺も担当殿に指摘されていたうちの一つだな。今後審神者や政府との交流が増えてくれば必要になる処世術なので身につけてもらわなくては。

指摘するか迷うそぶりでチラリと視線をよこす担当に、ゆるりと首を振った。

不幸中の幸いと言うべきか、苦手だった担当官が同情できる不遇な目に遭っている現場を見た上に、当たりの強かった態度を和らげてくれたので彼女に対する苦手意識は薄れてくれたろうけど、まだ早い。ここで指摘してしまえば「怖くて厳しい担当官」という印象は二度と覆らないだろう。

もう少し友好関係を築いてからにして欲しい。

担当殿はそれを汲んでくれたんだろう。
見舞いのゼリーをベッドテーブルに並べると私たちに席を進めた。

「宜しければ、一緒に食べませんか?」

「え!?」

「ご相伴に与ります」

「ええ!?」

まさか誘われるとは思ってなかった主がグリン!ともげそうなほど勢いよく私を見上げるのを他所になぜかちゃっちゃか着席した宗三は迷いなく桃のゼリーを手に取った。
そんな宗三にまた驚く主。私も驚きだ!

「君の審神者はいいのかい?」

「いいんですよ、どうせへし切が嬉々として世話焼いてるんですから」

へし切長谷部かー、比較的出やすい刀剣のはずだけどうちにはまだいないんだよね。事務作業に強いという話はチラホラ聞くから早めに欲しいんだけどな。

「主、せっかくの誘いだ。受けたらどうだ?」

遠慮したげな主を有無を合わさず着席させた。このチャンス逃してなるものか。
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