政府、人事部審神者担当課担当官 野菊は荒れていた。
某名門大学を主席でストレート卒業ののち、行政機関に就職。なかなか厳しい職務ではあったが、やりがいを感じていた日々はある日突然、転籍を命じられたことで終了した。
そんな転籍先である今の職場が人事部担当課であるが、何が悪いって上司が最悪だった。
もともと審神者としての能力はなかったとはいえ実家が小さな神社で神様は身近な存在だったので、この業界に飛び込むことに抵抗が無かったのは不幸中の幸い、というかだからこそ転籍させられたのか。
そんな野菊が一年が経つ頃には担当する審神者は5人。
それが優秀な野菊を良く思っていない上司から任されただけあってどいつもこいつも曲者だ。
現在に至るまでのそれを例に上げれば
野菊のように若い担当に口を出されるのを嫌う年功序列至上主義審神者。
ネットに影響されたのか、政府に不信感を持っている審神者。
刀剣男士と家族ごっこに走る審神者。
ピュアっピュアな運営をする審神者。
そして今年度加わった社会経験皆無なあまちゃん審神者。
年功序列は……まあ許容範囲だろう。働いてくれればいいのだ。訪問が億劫なだけで。
だがその他の奴ら!!テメェらはダメだ。
まず不信感審神者、誰に雇われて誰の用意した本丸で誰が交渉して降ろしてもらってる神様と一緒に住んでるんだ?
家族ごっこ審神者にピュア審神者!こいつらは刀剣男士が軽傷を負っただけですぐ帰還する。さらに「土日休です!」とかホワイト運営アピール。ふざけてるのか?普通の会社員じゃないんだよ戦争中の軍人なんだよそれが許されるだけの戦績上げてるわけでもないし、そもそもせめてシフト制で休め運営を停止させるな!
ふぅ……。
最後にあまちゃん審神者。野菊にとっては一番厄介な審神者だった。
そもそも優秀が服着て歩いてるような野菊にとって、あの歳でバイト経験も無く、養成所は成績不審で見習い制度も断り、そんなハンデがありながら一部隊分の刀剣男士を揃えるのに一週間もかけた稲葉は理解し難い。
在宅業に近い状態ではあるが、本丸はあくまで前線基地。家で仕事をしているのではなく、職場で生活しているのだ。そこを自覚してほしい。
訪問のたびに指摘しているのに不満そうな顔を隠さないのも社会人としてマイナスだ。
審神者からしたら分からないかもしれないが、担当官にとって担当本丸の訪問というのはアフェーに一人乗り込むのに等しい。命の危険を感じることは多々あることだ。
審神者と良好な関係を築いてるのなら話は別だが、ビジネスライク以下の場合は少し審神者の機嫌を損ねるだけで神の怒りをも買う危険を伴っている。
だからこそ上部だけの関係しか築けずにいる担当は多い。
しかし訪問を避けて通信のみの交流にすればブラックに気付かなかったり、そもそも職務違反になる。
ちなみに野菊はブラック絶許過激派だ。
神様を虐待など神社育ちで相応しい教育をされて来た彼女にしてみれば許せないことであったし、ブラック案件一つで政府役人の仕事量はさよなら倍倍のパーリィナイト。徹夜は当たり前で胃薬は親友で頭痛薬は盟友。胃の中ではモンスターが翼を授かっている。
審神者の殉職率より役人の過労死率の方が高かったのは政府の闇。
閑話休題。
そんなわけで対面でも物申してくる野菊のような担当はかなり貴重なのだが……好意的に受け取ってくれる審神者は少なく、稲葉本丸についても同じ。ずっとそうだと、思っていた。
野菊は一人残された部屋で考える。
この本丸の鶴丸国永には初めて会ったが、他の刀剣男士に比べて随分と理性的で大人びた神様だった。
主の不快、不安といった感情がこちらへの敵意に変換される刀剣男士は多い。
初期刀と初鍛刀もそうだ。主を守らんとするが故の敵愾心とは分かっているが、初対面の時から伝わっているそれに慣れることはないだろう。こちとらただの人間な上に丸腰だ。
しかし鶴丸は拍手一つで不穏な空気を払拭し、こちらの要求を飲んでみせた。
さらに野菊の主張と本丸の状況の食い違いを指摘した。
いつもギリギリに出される書類は、実はだいぶ前から出来上がっていたらしい。
まさか提出日と提出期限の違いが分かってないとは思わなかった。
そんなものだったろうか?いや、私はそんなことなかった。
やはり野菊には理解できない。
頭痛くなって来た。
ググッと眉間を揉み解す。最近シワになって来てる気がする……。
「すまん待たせたな」
すらりと静かに部屋に戻って来た鶴丸と山姥切。
審神者はいない。というか、
「あの」
「ああ主なら今できてる分の書類をまとめている。すまなかったな。提出まできちんと見届けてれば良かったんだが」
「そうですか……いえ、そうではなくて、鶴丸様と山姥切様の刀は」
二振りの手元に本体が無い。
「ん?置いて来た。刀剣男士は身一つだけで十分に兵器だ。その上で人間相手に武装する必要性ないだろう。今まで思い至らず怖い思いをさせた事と、他にもあれば重ねてお詫びする」
「悪かった」
「なにをっ頭を上げてください!」
鶴丸に倣うように山姥切にまで頭を下げられて焦る。神様に詫びられるなんて経験はないのだ。
というかマジか、マジかこの鶴丸様。
たしかにそれは心の中で再三は要求したことではあるけれど、そこまで主と不仲な担当にまで気を回せるのか。これで顕現数ヶ月……。
「それに心遣いは有り難いですし実際に私はただの非力な人間ですが、役人の中には刀剣男士に対抗するための術を使える人間もいると聞きます。人間だからという理由で、武装解除は危険だと心得てください」
まっとうな刀剣男士を問答無用で害するような術師がいるとは思いたくないが、人間である以上善性だけを持ち合わせているなどあり得ないのだ。